「民衆の前に現れたキリスト」のためのスケッチ

ロシアの画家、アレクサンドル・アンドレイェヴィチ・イワノフ(Alexander Andreyevich Ivanov/1806-1858)による1830年代後半の作品。
同じ顔、同じポーズをした12歳くらいの少年が2人描かれています。
これはべつに双子を描いたわけではなく、ある作品を完成させるための試行錯誤の段階、言わばスケッチです。
顔立ちとポーズはほぼ同じですが、よく見ると体の輪郭など細かな部分に違いがあります。
髪の毛と肌の色も違いますね。それと・・・サイズもかな。
デザインの構想と練習のために、こうしていくつも描いていたのでしょう。
この絵を見ただけで「あぁ、あの絵の一部か」とわかった人はかなりの美術通ですね。
その前にタイトルと作者名で、わかる人にはわかりますが。(^^;)

「The Appearance of Christ Before the People」と題されたこの作品。
日本では「民衆の前に現れたキリスト」というタイトルで知られている、縦5.4メートル、横7.5メートルもの巨大な絵画です。
人々の中に先程の少年が描かれていますね。
けっきょく右側の少年で決定したのかな?
ロシアのモスクワにあるトレチャコフ美術館が所蔵しており、18〜19世紀ロシア美術の最高傑作のひとつと言われています。
作者のイワノフはこの絵を描き上げるのに1837年から1857年まで、じつに20年の歳月を要しています。
それは細部にまでこだわり、入念に構想を練り、丁寧に丁寧に手を加えていたからこそ。
キリスト教徒であった彼の、この作品に対する情熱が伺い知れます。
イワノフは1806年、ロシアのサンクトペテルブルクで生まれました。
彼の父親アンドレイは芸術アカデミーで歴史画の教授をしており、イワノフは幼くして父親から芸術を学びます。
その後1817年から1828年にかけて、後に国際的な名声を得たロシア初の画家、カール・ブリューロフとともに帝国芸術院に在籍。
1830年に奨励賞を得てそれを資金にイタリア、オーストリア、ドイツを訪れ、1831年からはイタリアのローマに定住。
ローマで多くの作品を発表した彼は、マグダラのマリアを描いた1836年の作品により偉大な賞を授与されています。
このときすでに彼には「救世主の出現」というアイデアが形成されており、その後の20年間もの長き創作活動へと繋がりました。
彼はこの「民衆の前に現れたキリスト」を完成させるために100種類以上のスケッチ、製図、油彩を描いています。(上の少年の絵もそのひとつ)
それ自体が芸術作品として認められており、現在サンクトペテルブルクの国立ロシア美術館ではそれらも包括的なコレクションとして展示されています。
彼は作品を完成させた翌年、1858年の春、生まれ故郷のサンクトペテルブルクへと戻りました。
そして芸術評論家である友人に対し、これからの夢を熱く語るのでした。
「ロシアに新しい美術学校を創設し、若手アーティストのための教育機関を設立するぞ!」
しかしその思いも虚しく、彼は数ヶ月後の1858年7月にコレラによりこの世を去りました。
52歳でした。
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