こけし?

    222032546_0b9e8d78c6_o.jpg

    あら可愛い!コケシみたい。
    いや、マトリョーシカかな? 缶ジュースかな?
    いろんなものに見えますね。(^^)

    My Personal "Russian" Doll (Matrioshka)
    Copyright : QQ Li
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
    関連記事

    タグ: America  少女  笑顔  Face  CC-License 

    天使が走る!世界の祭り

    絵画に描かれている天使の多くは優雅で品のある佇まいをしています。
    走っているなど、躍動感のある天使の絵はあまり見かけません。

    それと同じように、私たちは日常生活において「走る天使」をあまり見たことがありません。(裸で走る子ってことです)

    しかし日本を含め世界には、天使たちが元気に走りまわる、そんなお祭りがちゃんと存在します。
    そのいくつかを見ていきましょう。


    【天使が走る日本の祭り】

    runningangels_japan-yamakasa.jpg runningangels_japan-unknown.jpg

    天使たちが走る祭りというと、日本では何と言っても「博多祇園山笠」でしょうね。(左の画像)
    福岡県で毎年7月におこなわれている、770年以上の歴史を誇る伝統の祭り。
    水法被と締め込み姿なので厳密にはエンジェルスタイルではないんですが、まぁお尻だけはエンジェルということで。(^^)

    画像出典:山笠があるけん博多たい!~追い山ならし~

    右側の画像は山笠ではありません。
    出典も詳細も不明ですが、たぶん日本でのイベントだろうと思います。
    観客が冬服なので、寒い時期に撮影された写真ですね。



    【天使が走るスペインの祭り】

    runningangels_spain-sopelako01.jpg runningangels_spain-sopelako02.jpg

    天使が走るイベントといえば、以前もご紹介しましたが、スペインのバスク州ビスカヤ県のソペラにて毎年7月におこなわれている「Sopelako lasterketa nudista」

    海岸沿いの5kmの道程を走る裸のマラソン大会です。
    天使の祭りというよりは大人にまざって参加しているといった感じですが、完走した子供たちにはメダルが授与されます。

    Copyright : Bizkaie! - Sopelako Lasterketa Nudista Patxi Ros Saria
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
    Copyright : Thonyo_Nudeyev
    ライセンス:パブリックドメイン(画像はトリミングしています)



    【天使が走るカナダの祭り】

    4694055057_5870375b66_o.jpg 4694689364_7e35cd9711_o.jpg

    これも以前ご紹介しましたが、アメリカやヨーロッパ等で毎年6月におこなわれている「World Naked Bike Ride」
    裸で自転車に乗って大通りを走るイベントです。

    石油依存への抗議として2004年に始まったこの催しも、今や世界20カ国70都市で開催される大イベントとなりました。(この写真はカナダの大会)
    もちろん子供も参加できますし、全裸でなくてもOKです。

    Copyright : Bare Oaks
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス



    【天使が走る中国のイベント】

    runningangels_china-artevent01.jpg runningangels_china-artevent02.jpg

    パンダのようなメイクをした天使たちが大勢で走っていますが、これは祭りではなく、中国のある芸術家が2010年8月におこなったイベントだそうです。

    参加したのは6歳から12歳までの男児27人。
    黄河の川沿いでおこなわれ、みんな泥だらけですが、この元気さが微笑ましいですね。

    出典:27名男孩黄河滩上裸奔引争议 赵半狄作秀太过分



    【天使が走るフィリピンの祭り】

    runningangels_philippine-pagibang01.jpg
    runningangels_philippine-pagibang02.jpg runningangels_philippine-pagibang03.jpg

    フィリピンのヌエバエシハ県サンノゼ市で毎年4月におこなわれている「Pagibang Damara」という祭り。
    この祭りではHubad Tumakboと呼ばれる徒競走がおこなわれます。

    胸と背中にゼッケンを書いた子供たちが街の中を駆け抜ける、まさに天使の運動会。
    どういう意図で始まったイベントかはわかりませんが、皆同じところに白線を描いているので、これにも何か意味があるのでしょう。

    出典:Pagibang Damara


    美術作品ではあまり見ることのない「走る天使たち」ですが、こうして何処かの国では、天使たちが元気に走るイベントが毎年盛大におこなわれています。

    このような祭りの日本と海外の違いはなんでしょう?
    フンドシか全裸かといった違いはもちろんですが、興味深いのは開催時期の違いですね。
    海外の裸祭りはほとんどが暖かい時期に開催されていますが、日本の裸祭りは寒い冬におこなわれるものが少なくありません。

    これは健康に対する考え方の違いによるところが大きいのではないでしょうか。
    海外では太陽の日差しの下で開放的になることが健康であると考え、子供たちにもそれを与えています。
    日本では寒さに身をさらすことが心身の清めや鍛錬に繋がるという考え方で、教育や育成の意味もあります。

    どちらにしても、子供たちが進んでおこなうのなら微笑ましいことですね。
    絵画でよく見る優雅な天使も素敵ですが、力強く駆けている天使はそれ以上に素晴らしいものです。
    関連記事

    タグ: 日本  Asia  Europa  America  ♂♀  イベント  スポーツ  伝統  Thong  CC-License 

    The Education of Achilles

    giovanni_battista_cipriani-the_education_of_achilles.jpg giovanni_battista_cipriani-chiron_instructing_achilles_in_the_bow.jpg

    イタリアの画家、ジョヴァンニ・バッティスタ・チプリアーニ(Giovanni Battista Cipriani/1727-1785)による絵画2点。
    英語でのタイトルは左が「The Education of Achilles」右が「Chiron Instructing Achilles in the Bow」で、どちらも1776年頃の作品です。

    立派な髭をたくわえた男性が少年に槍投げと弓矢を教えているところですが、よく見るとこの男性、下半身が馬です。
    馬並みではなく、本当に馬。
    少年は体付きからすると10代半ばといった感じですね。

    スポーツの指導は手取り足取り、いろんなところを取りながら教えるものですが、現代では当人そっちのけで第三者がセクハラだのパワハラだとの騒ぐことがあるので大変です。
    この絵は神話の世界なのでふたりとも裸ですが、きっと良い師弟関係なのでしょう。

    さてこのふたりはいったい誰なのかと言いますと、おっさんのほうはギリシア神話に登場する半人半馬の怪物、ケイローン。
    ペリオン山に住み、死後は天に召されて射手座になったと言われています。

    ケイローンは農耕の神クロノスと精霊のピリュラーのあいだに生まれました。
    父クロノスが浮気をして、妻の目を逃れるために馬に姿を変えてピリュラーと性交したため、このような姿で生まれてしまったそうです。

    一般に野蛮で粗暴だと言われている半人半馬のケンタウロス族の中でケイローンは例外的な存在であり、賢者として知られています。
    彼はヘラクレスやカストール、イアーソーンなどの英雄たちに武術や馬術を教え、アスクレピオスには医術を授け、そして少年期のアキレウスの教育係でした。

    この絵に描かれている少年こそが、そのアキレウスです。

    アキレウスはプティーアの王であるペーレウスと、海の女神テティスとのあいだに生まれました。
    生まれるとすぐ母テティスは息子を不死身にするため、彼のかかとを持って冥府を流れるステュクス川の水に浸します。

    ステュクス川の水は生き物を不死にする効力があり、このことでアキレウスは不死となるのですが、テティスの手が彼のかかとを掴んでいたため、かかとだけは水が浸からず不死とはなりませんでした。

    その後、テティスがアキレウスを養育しなかったため、父ペーレウスはアキレウスを賢者であるケイローンに預けます。
    ケイローンはアキレウスの養育および教育係として、アキレウスを立派な勇者へと育て上げました。

    後にアキレウスはトロイア戦争においてミュルミドーン人を率いて50隻の船と共に参戦し、たったひとりで敵の名将を討ち取るなどの大活躍を見せます。
    しかし戦争に勝利する前に、唯一の弱点である足のかかとを矢で射抜かれてしまい、命を落としたのでした。

    アキレウスはラテン語では「アキレス」
    足のかかとからふくらはぎにかけての腱を「アキレス腱」と言いますが、これは彼のこの故事に因んで名付けられました。

    今回は登場人物の説明だけで長くなってしまったので、作者であるジョヴァンニ・バッティスタ・チプリアーニについてはまた今度。(^-^)/


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Giovanni Battista Cipriani - The Education of Achilles, 1776.jpg
    File:Giovanni Battista Cipriani - Chiron Instructing Achilles in the Bow, 1776.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン
    関連記事

    タグ: Europa  少年  ♂♀  スポーツ  絵画  CC-License 

    Jeune Athlète

    jean_larrive-jeune_athlete.jpg

    フランスの彫刻家、ジャン・ラリヴェ(Jean Larrivé/1875-1928)による1908年の作品「Jeune Athlète」
    リヨンのパレ・サン・ピエールにある市立美術館「リヨン美術館」の庭に設置されています。

    英語のタイトルは「Young Athlete」
    若い運動競技選手という意味ですね。

    頭にハチマキ(包帯?)を巻いている若い選手を表現したこの作品は、1911年にこの場所に設置されました。
    緑青(銅の表面にできる緑色の錆)がアンティーク調の良い雰囲気を醸しています。

    足を肩幅に開き、背筋を伸ばしたポーズで横を見つめるアスリートの少年。
    視線の先にあるのはゴールでしょうか?ライバルの選手でしょうか?
    彼が欲するのは優勝のみ。
    他には何もいりません!パンツさえもいりません!

    作者のジャン・ラリヴェはフランスのリヨン生まれの彫刻家。
    1890年から1896年にかけてリヨンの美術学校で美術を学び、1897年にパリの国立美術学校に入学しました。

    その後1901年にフランス主催のコンクールにて2位を獲得。
    1904年にはローマ大賞のグランプリを獲得し、1905年から1910年までローマに滞在しました。

    彼は建築家との共同作業も多く、1901年には陶芸家のアレクサンドル・ビグーと建築家のジュール・ラビロットと共に、パリの7区にある大通り、ラップアベニューの入り口を設計しています。
    また、建築家のトニー・ガルニエとも多くのプロジェクトに携わりました。

    彼は1928年3月20日にフランスのリヨンで亡くなり、リヨンで最も古い墓地であるロワイヤス墓地に埋葬されました。
    リヨンの3区の通りには彼の名前が付けられています。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Jeune athlète, Jean Larrivé.jpg
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
    関連記事

    タグ: Europa  少年  ♂♀  スポーツ  彫像  CC-License 

    ブラジルの海岸

    8651090560_c01a97a7ff_o.jpg

    ブラジル、リオデジャネイロの海岸。
    おい少年!
    嬉しいのはわかるけどニヤけ過ぎだぞ。

    Rio de Janeiro 2013
    Copyright : a l o b o s
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
    関連記事

    タグ: America  少年  少女  Water  水着  笑顔  CC-License 

    レーネルト&ランドロックの写真作品

    lehnert_et_landrock-jeune_femme_nue_au_tambourin_tunisie_vers.jpg

    19世紀生まれのドイツの写真家、ルドルフ・フランツ・レーネルト(Rudolf Franz Lehnert/1878-1948)
    そして同じくドイツの写真家、エルンスト・ハインリッヒ・ランドロック(Ernst Heinrich Landrock/1978-1966)
    このふたりの共同制作による1910年頃の写真作品です。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Lehnert et Landrock - Jeune femme nue au tambourin, Tunisie, vers 1900-1910.jpg

    彼らのことは過去に一度記事にしていますので、経歴などはそちらをご覧ください。(該当記事)

    20世紀の初め、写真学校を卒業したレーネルトとランドロックはふたりで共同し「Lehnert et Landrock」という著作者名で数々の写真作品を発表しました。
    ふたりは1904年から1914年までチュニジアに滞在し、その間はチュニジアの女性をモデルとしたヌード写真を撮影しています。

    lehnert_et_landrock-033.jpg lehnert_et_landrock-040.jpg
    lehnert_et_landrock-jeune_fille_au_mirroir_afrique_du_nord_circa.jpg lehnert_et_landrock-061.jpg

    装飾品や小物類に凝り、ポーズも如何にもモデルといった感じで演出されています。
    写真の一部には署名も見えるので、ポストカード等の商品となった可能性もありますね。

    モデルは主に10代〜20代の女性ですが、中にはこのような10歳前後のモデルも見受けられます。
    しかしよく見ると上の4枚とも同じ子ですし、低年齢のモデルはそう多くはなかったようです。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Lehnert et Landrock - 033.jpg
    File:Lehnert et Landrock - 040.jpg
    File:Lehnert et Landrock - Jeune fille au mirroir, Afrique du Nord, circa 1910.jpg
    File:Lehnert et Landrock - 061.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン


    lehnert_et_landrock-les_trois_graces_tunisie_vers.jpg lehnert_et_landrock-jeunes_filles_a_la_jarre_tunisie_circa.jpg
    lehnert_et_landrock-deux_adolescentes_nues_vers.jpg lehnert_et_landrock-trois_jeunes_filles_fumant_le_narguile_circa.jpg

    この写真も4枚とも同じ少女たちですね。
    レーネルト&ランドロックの作品は、その数の割にはモデルの人数は少ないと言えます。

    当時ヌードモデルは一般的な職業ではなかったので、もしかしたら地元の女性たちに頼んでモデルになってもらっていたのかもしれません。
    当時の日本(明治43年頃)では「写真を撮られると魂を抜かれる」と、撮影されることを嫌う人も多かったそうですが、そういう意味ではチュニジアの女性のほうが新しいものに積極的だったと言えますね。

    チュニジアは北アフリカのマグリブに位置する共和制国家で、人口の98%がアラブ人。
    現在では女性の社会進出が著しく、アラブ世界で最も女性の地位が高い国となっているそうです。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Lehnert et Landrock - Les trois grâces, Tunisie, vers 1900-1910.jpg
    File:Lehnert et Landrock - Jeunes filles à la jarre, Tunisie, circa 1910.jpg
    File:Lehnert et Landrock - Deux adolescentes nues, vers 1915.jpg
    File:Lehnert et Landrock - Trois jeunes filles fumant le narguilé, circa 1920.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン
    関連記事

    タグ: Europa  少女  ♂♀  衣装  OldPhoto  CC-License  ProModel 

    Drei Mädchen und ein Knabe

    wilfried_fitzenreiter-drei_madchen_ein_knabe.jpg

    ドイツの彫刻家、ヴィルフリート・フィツェンライター(Wilfried Fitzenreiter/1932-2008)による1988年の作品「Drei Mädchen und ein Knabe」

    タイトルは日本語に訳すと「3人の少女たちと少年」
    ドイツのミッテ区にあるベルリン大聖堂の斜め向かい、シュプレー川のほとりにさりげなく設置されています。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Drei Mädchen ein Knabe (1).JPG
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

    水辺のブロンズ像にしてはあまりサビや汚れが付いていませんが、観光地だけあって手入れが行き届いているのでしょう。
    多くの人がこの像の隣に座ったり、肩に手をかけたりして記念撮影しています。

    少年少女とは言っても、日本でいうと中学生以上でしょうか。
    この歳の男女が川で裸になるかどうかは微妙ですが、風景とマッチした落ち着いた作品であることは確かですね。

    wilfried_fitzenreiter_palasthotel.jpg

    ご覧のとおり、この像は当初同じミッテ区の「Palast Hotel」の前に設置されていました。
    ホテルは建設時にアスベストを使用していたため、2000年に閉鎖されてその後解体。
    彫像は2007年に現在の場所、シュプレー川のほとりに移動されたというわけです。

    この子たち、元々は互いに背を向けて円形に並んでいたんですね。
    現在の場所のほうが川を眺めて語り合っているようで、観光地の雰囲気には合っているのではないでしょうか。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Bundesarchiv Bild 183-1988-0726-024, Berlin, Brunnen vor dem Palasthotel.jpg
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


    作者のフィツェンライターは1932年、ドイツの都市ノルトハウゼンの生まれ。
    高校を卒業後、1951年から1952年にかけて採石場で石工技術を学び、1952年から1958年にかけて地元の学校やベルリンの美術大学で彫刻を学びました。

    その後ベルリンでフリーの彫刻家として活動し、晩年は各地で講演などもおこないました。
    彼の作品には彫像の他に、コイン、メダル、ドローイングなどがあります。


    wilfried_fitzenreiter-knabe.jpg wilfried_fitzenreiter-knabe_like.jpg

    ヴィルフリート・フィツェンライター作「Drei Mädchen und ein Knabe」と、それと同じポーズの人間との比較。

    塀の上に座って観光客を眺める。
    観光客は塀の上の彼らを眺める。
    人間と彫像が互いにつながり合っている場所と言えるかもしれませんね。
    関連記事

    タグ: Europa  少年  少女  Water  ♂♀  彫像  CC-License  OldPhoto  造形比較 

    流れのままに

    2780263601.jpg

    泳ぐことだけが夏じゃあない。
    水の流れと雲の流れ、
    時の流れに身をゆだねるも良し。

    Hiyoshi Taisha, Otsu, Shiga, Japan / 大津・日吉大社
    Copyright : S. H.
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
    関連記事

    タグ: 日本  少年  Water  水着  眠り  CC-License 

    グレーデンとプリュショーの写真作品

    gloeden-auch_ich_in_arkadien.jpg

    19世紀のドイツの写真家、ヴィルヘルム・フォン・グレーデン(Wilhelm von Gloeden/1856-1931)と、その従兄弟(いとこ)であるヴィルヘルム・フォン・プリュショー(Wilhelm von Plüschow/1852-1930)の作品をご紹介します。

    このふたりについては過去にそれぞれ記事にしているので、経歴などはそちらをご覧ください。

    「ヴィルヘルム・フォン・グレーデン男爵の写真作品」
    「ヴィルヘルム・フォン・プリュショーの写真作品」

    作風が似ているためしばしば混同されることもあるグレーデンとプリュショー。
    まず初めに質問ですが、上の写真はグレーデンとプリュショー、どちらの作品でしょうか?
    答えはこの記事の最後にて。

    まずはふたりの作風の傾向を見ていきましょう。

    【グレーデンの写真作品】

    gloeden-caputo.jpg gloeden-getty_museum.jpg
    gloeden-twelwetrees.jpg gloeden-young_male_nude_against_wall.jpg

    イタリアのシチリア島の都市、タオルミーナで1890年頃に撮影されたこれらの写真には、グレーデンの撮影技術および撮影に対する姿勢が如実に表れています。

    古代ギリシアをモチーフとした作品ですが、モデルをただ配置して撮っただけの簡単なものではなく、小道具を巧みに使ったり、絵画的な構図を取り入れたり、肌の写りを良くするためにモデルに化粧をほどこすなど、その技法やアイデアは現在でも高く評価されています。

    モデルには自然なポーズをさせ、ギリシア彫刻のような品位を保ち、背景との重なり具合や光の向きも計算した上での撮影。
    言うなれば非常に絵画的な作品ということです。

    アメリカやヨーロッパの各地で展覧会を開いたり、イギリスで書籍を出版したのも、芸術作品としての質の高さがあったからこそと言えるでしょう。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0797 - Caputo, p. 22 e Debutdusiècle, p. 71 - Deponirt 23 Oct 1901.jpg
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0320 - Getty Museum.jpg
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 2091 r - Twelwetrees p. 55 - ma con timbro di Galdi, ebay Gentileschi2.jpg
    File:Wilhelm von Gloeden Young male nude against wall 1890s.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン


    【プリュショーの写真作品】

    pluschow_stratz-korper_des_kindes_24.jpg pluschow-napoli.jpg
    pluschow_stratz-korper_des_kindes_21.jpg pluschow_stratz-korper_des_kindes_09.jpg

    グレーデンの従兄弟(いとこ)であるヴィルヘルム・フォン・プリュショーは、ワインの販売業から転身して写真家となりました。
    突然の転身だったらしいので、グレーデンの活躍に感化されたのかもしれませんね。
    イタリアのナポリに住み、グリエルモ・プリュショーの名で多くの写真作品を発表しています。

    グレーデンのように古代ギリシア風にこだわってはおらず、モデルには女性も多く見受けられます。
    しかし撮影に関しては写真家らしい工夫はあまりなく、モデルの美しさに助けられていたところが大きいように感じます。

    モデルは若干年齢が低いようですが、これが後に貴重な資料となります。
    産婦人科の医師であるカール・ハインリヒ・シュトラッツが1903年に出版した子供の成長に関する医学書では、プリュショーの作品が成長期の体形の資料として使われました。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Stratz - Körper des Kindes 24.jpg
    File:Plüschow, Wilhelm von (1852-1930) - n. 1060 - Napoli - ebay recto.jpg
    File:Stratz - Körper des Kindes 21.jpg
    File:Stratz - Körper des Kindes 09.jpg
    カール・ハインリヒ・シュトラッツ著「Der Körper des Kindes und seine Pflege」より
    ライセンス:パブリックドメイン


    グレーデンの作品もプリュショーの作品も、今では19世紀の貴重な写真として一般公開されています。
    彼らの作品を通して1世紀以上前の人を知り、果ては古代ギリシアにまで思いを馳せるのも良いのではないでしょうか。


    さて最初の質問の答えですが・・・
    一番上の画像は「ヴィルヘルム・フォン・グレーデン」の作品でした。

    斜めの背景や手前の草木など画面に奥行きを持たせ、右下には倒れた壺を配置するなど、アクセントを与えるものが要所要所にあり、グレーデンらしい絵画的な絵作りが成されています。

    左の少年がパンフルート、真ん中の少年が縦笛を持っているのもギリシア神話からのモチーフですね。
    左奥の壁にはボトルが1本置いてあり、これも面白いアクセントとなっています。(後から描き込んだ絵のようにも見えます)


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0106 - da - Auch ich in Arkadien, p. 186.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン
    関連記事

    タグ: Europa  少年  少女  ♂♀  衣装  OldPhoto  CC-License  ProModel 

    Prometheus und die Okeaniden

    eduard_muller-prometheus_und_die_okeaniden_part.jpg

    ドイツの彫刻家、エデュアルド・ミュラー(Eduard Müller/1828-1895)による1879年の作品「Prometheus und die Okeaniden」
    ベルリン美術館が所蔵している大理石像です。

    画像出典:Detail "Prometheus und die Okeaniden"
    Copyright : Andreas

    岩場で少女が横たわっています。
    眠っているのか、気を失っているのか、死んでいるのか。
    人間ならば触れてみればわかるでしょうが、彫像の場合は反応がないだけに判断が難しいですね。(どのような状況を造形したのかという意味で)

    この少女像、じつは大きな彫像の一部です。
    全体像はこのようになっています。

    eduard_muller_prometheus_alte_nationalgalerie.jpg

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Eduard Müller Prometheus Alte Nationalgalerie.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン

    調べてみたところ、鎖で拘束されている男性はギリシア神話に登場する神「プロメーテウス」で、そばにいる女性は海神オーケアノスの娘たちだそうです。

    プロメーテウスは地上の人間にとても好意的な神でしたが、主神ゼウスを騙して人間に美味しい食べ物を与えたり、人間に火を渡すなどしたためゼウスの怒りを買い、ゼウスによってカウカーソス(コーカサス)の山頂に磔にされ、生きながらにして毎日肝臓を鷲についばまれるという拷問を受けました。

    この彫像は海神オーケアノスの娘たちがプロメーテウスを哀れんでいるシーンです。
    右側の少女はプロメーテウスの悲惨な姿を見て気絶してしまったのかもしれませんね。


    作者のエデュアルド・ミュラーは1828年にイタリアのローマで生まれました。
    14歳から調理の仕事をして、18歳からは料理人となりベルギーのアントワープで暮らしていましたが、そのときベルギーの彫刻家ジョセフ・ギース(1808-1885)の彫刻作品に衝撃を受けます。

    それ以降、彫刻家を目指してアカデミーに通うようになった彼は、2年後にブリュッセルで美術を学び、1854年に少年の大理石像を発表。
    その後イタリアのローマに定住し、1856年と1857年にはイングランド王子のための大理石像を制作するまでになりました。

    彼の作品はのちの彫刻家にも影響を与え、ミュラーの作品をオリジナルとするレプリカはドイツの美術館やベルリンのナショナル・ギャラリー等でも展示されています。
    関連記事

    タグ: Europa  少女  ♂♀  眠り  彫像  CC-License 

    いらっしゃいませ

    現在の閲覧者数:
    このブログについて...

    RUKA

    Author:RUKA


    当ブログは子供を表現した世界の絵画、彫像、写真作品をご紹介しています。
    天使に見立てているので必然的に裸の作品が多くなりますが、すべてアートまたは家庭的な生活記録に限定しています。

    子供は本来この世界における夢であり希望であり、その姿は大人にとってノスタルジーや心の潤い、癒しの対象でもあります。

    古くから子供の姿は愛すべきものとして認識され、絵画や彫像、写真等で様々に表現されてきました。天使のイメージもそのひとつです。
    そして各家庭でも、我が子への愛情ある記録(写真撮影)が数多くなされています。

    当ブログではそれら子供や天使をテーマにしたアート作品と、写真共有サイトFlickrで一般公開されている子供写真をご紹介しています。(できるだけ天使の姿に近いものを選んでいます)

    ふと訪れては日々の疲れを癒す天使の園・・・そんな憩いの場としてお使いいただければ幸いです。

    画像の著作者は私を含め様々ですが、著作権的に問題のない方法で掲載しています。
    また、公序良俗に反する画像や違法な画像、猥褻な画像は一切ありません。
    【当ブログの掲載ポリシー】

    説明記事(お読みください)
    著者について...
    名前:RUKA (Rukachas)
    国籍:日本
    出身:埼玉(生まれは宮城)
    性別:男性
    年齢:あっという間の半世紀
    インターネット歴:21年

    20代の頃に仕事で幼稚園に出向いたのを機に子供の笑顔写真を撮り始める。
    1999年に「The Light of Smile 笑顔の灯り」という子供の笑顔をテーマにしたサイトを開設。
    サイト終了後はこのブログで世界の天使像や世界の子供写真を紹介している。
    6人の甥と姪の伯父さんでもある。

    メールアドレス: ruka_rukachas@ybb.ne.jp
    RUKAのサイト・ブログ
    メッセージフォーム

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    アクセスの国別比率
    Flag Counter
    アンケート
    ユーザー掲示板
    Translation
    ブログ内検索
    アートギャラリー
    RUKAのアルバム
    カテゴリ
    タグ

    少年 Europa 少女 Water ♂♀ 笑顔 America 衣装 水着 Face Asia CC-License イベント 彫像 スポーツ 日本 絵画 風呂 RUKA 伝統 OldPhoto ペイント ダンス Thong 眠り Africa 音楽紹介 ProModel Oceania 動画 造形比較 

    最新記事
    腰パンボーイ 2019/02/17
    In2Triの子供用トライスーツ 2019/02/16
    こけし? 2019/02/15
    波の子守唄 2019/02/14
    消えたFlickr写真 2019/02/13
    贈り物 2019/02/13
    Millennium 2019/02/12
    ラオスの水辺少年 2019/02/11
    美から学べるもの 2019/02/10
    サッカー少年の体形 2019/02/09
    日別表示
    01 | 2019/02 | 03
    - - - - - 1 2
    3 4 5 6 7 8 9
    10 11 12 13 14 15 16
    17 18 19 20 21 22 23
    24 25 26 27 28 - -
    月別表示
    おすすめサイト
    Pro Photographer