泥遊びのメリット

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    皆さんは子供のころ泥遊びをしたことがありますか?

    「泥遊び」または「泥んこ遊び」とは、地面にある土を粘土のようにこねたり、形を作ったりと、無邪気さと創造力が存分に発揮される子供の遊びのひとつです。
    泥だらけになった姿が面白いので、互いに泥を付け合う、投げ合うといった遊び方もあります。(上の写真)


    野生の動物にとってはありふれた「土」という環境。
    我々が食べる野菜も果物も、土壌無くしてはシッカリとは育ちません。
    地球環境の保全は土の地面があればこそであり、我々人間は土の恩恵を多大に受けています。

    ところが人々の中には土との接触を嫌ったり、子供に泥遊びをしてほしくないと考える親も少なくありません。
    もちろん洗濯が大変だというのも理由でしょうが、洗濯が一苦労だった昔よりもさらに泥遊びをする子が減ったのは、衛生面を気にする親が増えたというのがひとつの要因だと思います。

    たしかに人によっては感染症になったり、傷口の炎症やかぶれが生じることもあります。
    しかし幼少期の泥遊びには良い面が多いのも事実です。
    今回は「子供の泥遊びのメリット」について考えてみましょう。


    泥遊びのメリット その1

    【免疫力の強化】

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    たしかに土は決して清潔だとは言えません。
    しかしその多少の不潔さが、子供たちの免疫力を高めてくれるのです。
    土の中の微生物や菌が体内に入ることによって、成長期の子供たちはそれらに対する抵抗力・免疫力を身につけていきます。

    <衛生仮説>

    子供の頃にある程度の細菌にさらされていたほうが抵抗力がつく、という説を「衛生仮説」と言います。
    乳幼児期の環境が清潔すぎるとアレルギー疾患の罹患率が高くなるという説ですが、これらはアメリカのジョン・ホプキンス児童センターやドイツの医科学チームの研究結果により裏付けられています。

    もちろん土の中には悪さをする雑菌もいます。
    しかし子供には無菌状態で育つデメリットのほうが心配です。
    健康に害があると考えて泥遊びを敬遠している親がいるとしたら、それはかえって子供を健康から遠ざけているということになりますね。

    畑仕事をしている人は健康で長生きだと言われていますが、これは運動面だけではなく、普段から土に接していることで免疫力が高まっていると考えることもできるでしょう。



    泥遊びのメリット その2

    【創造性を育む】

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    泥遊びは子供たち自身が遊び方を考え、実践して楽しむものです。
    溝を作って道路や水路のようにしたり、トンネルを掘ったり、山を作ったり、泥団子をこねたり。
    手先の器用な子なら美術作品のようなものも作れるかもしれませんね。

    <自然がくれた遊び道具>

    お家での粘土遊びであれば量に限りがありますが、天然の粘土、つまり土は大量にあり、しかも気に入らなければグチャグチャに壊しても良い、そのまま放っておいても良い、というほぼ制約なしの材料。
    子供たちは思う存分、想像力と創造力を発揮できます。

    また、泥遊びというのは意外と体力を使うものです。
    水を含んだ土は重く、思い描いたものを作るためにせっせと動き回ることもあるでしょう。
    夢中になって遊んでいるだけでもかなりの運動なので、体力づくりにも効果的です。



    泥遊びのメリット その3

    【ストレスの解消】

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    ここまで読んで、「公園の砂遊びじゃダメなの?」と思った人もいるかもしれません。
    いいえダメではありません。
    公園の砂遊びでも同じメリットがあります。

    しかし水を含んだ土は砂よりも固まりやすく崩れにくいので、粘土遊びのようなことをするなら土が最適。
    それに公園の砂場では勝手に水を流したりはできませんからね。

    <セロトニン>

    沼地など水の多い場所では、全身を包むヌルヌル感を楽しむこともできます。
    ドロドロ、ネトネト、ヌルヌル、ビショビショ・・・水の量で様々に変化する泥の感触。
    これら手や体を通して得られる独自の感触や楽しさは、子供たちの精神面に良い影響を与えてくれます。

    人間は手触りの良いもの、楽しいものに触れると、脳内に「セロトニン」という物質が分泌されます。
    セロトニンは精神を安定させる作用があり、うつ病の予防やストレスの軽減に効果があると言われています。

    とはいえ「こんなに汚れたらお母さんに怒られる」と不安になるようではかえって逆効果ですので、泥遊びではどんなに汚れても良いとお子さんに言ってあげてください。



    泥遊びのメリット その4

    【友達とのふれあい】

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    泥遊びはひとりでも遊べますが、何かを作るにしても泥まみれになってはしゃぐにしても、友達と一緒に遊べば楽しさは倍増し親密感も深まります。

    ときには作ったものを壊されたり、ケンカになることもあるかもしれません。
    でも肌に触れ合いながら同じ感触を味わっているのだという思いが一体感をさらに高め、互いに助け合える仲となるでしょう。
    泥遊びは友情を深めるのにも最適なのです。

    <泥遊びは世界共通>

    こういう遊びは川や沼などの水辺でしかできませんし、危険物(尖った石など)が無いかどうかのチェックも念入りにおこなう必要がありますが、世の中には「田んぼ」という人工的な泥の場があるわけですから、自治体などがたまには使っていない田んぼを子供たちに開放してあげてほしいですね。(地方ではたまにおこなわれているようです)

    日常生活では経験できない全身ヌルヌルは、大人でもはしゃぎたくなる楽しさです。
    実際に海外では、大勢で泥プールに入る「マッド・フェスティバル」なるイベントも催されています。


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    Mud Fest 2008
    Copyright : Shawn Perez
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    人間になれたら...

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    以前の記事で、絵画の中の人物が本物の人間になって現れたら・・・と考えてみたことがありましたが(該当記事)、イメージを掴みやすいのは絵画よりもむしろ彫像のほうでしょう。
    もともと彫像は駅前や公園にも設置され、街の風景にすっかり溶け込んでいますから。

    彫像が勝手に動き出したらそれこそホラーですが、数十年前までは夏になると、動く芸術作品があちらこちらの水辺で見られたものです。
    公園の池でも、動かぬ芸術作品のそばで動く芸術作品がはしゃぎまわる光景は珍しくありませんでした。

    今回は「もし彫像が本物の人間になったら・・・」というテーマで、同じポーズをしている画像を並べてみました。

    上の画像はスコットランドの彫刻家、ジョージ・レニー(George Rennie/1802-1860)による1831年の大理石像「Cupid Rekindling the Torch of Hymen」

    ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で展示されている、婚姻の神ヒュメンの像です。
    いつもライトで照らされているとはいえ、もし人間になれたら暖かい太陽の下で水浴びしたいでしょうね。


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    ハンガリーの彫刻家、フェレンツィ・ベーニ(Ferenczy Béni/1890-1967)によるブロンズ像「Kisfiús díszkút」

    首都ブタペストのベルヴァーロシュという街の通りに設置されているこの像は、うつむき加減でどことなく寂しげ。
    もし人間になって自由に歩けたら、少しは笑顔になれるでしょうか?
    潮風を気にすることなく、広い海岸を歩かせてあげたいですね。


    街にある彫像がなぜ裸なのか、考えてみたことがありますか?
    現代社会の中で我々がつい忘れがちな、生命への敬い、自然からの恩恵、そして人間であることの意味。
    それらを無意識のうちに理解させてくれるのが、真の姿、すなわち心の鏡としての彫像たち。


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    フランスの彫刻家、フランソワ・ジョゼフ・ボジオ(François Joseph Bosio/1768-1845)による1817年の大理石像「Hyacinth」
    右はフランスの写真家、ジェラール・マロ(Gérard Marot/1946- )による1982年の写真作品。

    ルーブル美術館で展示されている横たわるヒアキントスの像。
    頭に円盤が当たって倒れ込んだシーンですが、その美しい姿態はたくさんの人を感動させています。
    もし命を吹き込まれたら、さらに多くの人を魅了することでしょう。


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    スイスの彫刻家、アンリ・ケーニッヒ(Henri Koenig/1896-1983)による1975年のブロンズ像「Adolescent」
    右はフランスの写真家、ジャックス・デュバル(Jacques Duval/生年不明)による1985年の写真作品。

    ジュネーブのヴォルテール博物館の前で、腰に手を当てて立っているスタイルの良い男の子の像。
    もし人間になったら、この場所で交通安全運動でもしてもらいましょうか。
    えっ?わき見運転が増えそう?


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    アメリカの彫刻家、チャールズ・レイ(Charles Ray/1953- )による2006年の彫刻作品「The New Beetle」

    車のオモチャで遊ぶ彫像の男の子も、浜辺で弁当箱のようなものを開ける人間の男の子も、どちらもくつろいでいることに違いはありません。
    違うのは、かたわらに家族がいるか否か。


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    ドイツの彫刻家、ジークフリード・クレープ(Siegfried Krepp/1930-2013)による1970年のブロンズ像。

    住宅街の公園に設置されているこの彫像は、人間になっても逆立ちを続けるのでしょうか?
    雨の日も、風の日も、来る日も、来る日も・・・。


    人形が人間になるという話で最も有名なのは、イタリアの作家、カルロ・コッローディ作の童話「ピノッキオの冒険」
    ピノキオの名でも知られ、多くの映画やアニメーションが作られました。

    「人間になれたピノキオは幸せだったのだろうか?」という疑問は今でも論じられることです。

    街の彫像は人間になれたらはたして幸せなのでしょうか?
    美術館の彫像はすぐにでも外に出たいと思うかもしれません。
    駅前の彫像はもっと静かな場所に行きたいと思うかもしれません。

    しかし彫像たちはきっと、動きたいとは思っても人間になりたいとは思わないでしょう。
    何故なら彼らは、自分たちに課せられた大切な役割を知っているのだから。

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    写真家の清岡純子さんと女神のようなモデル

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    いきなりですが問題です。
    上の線画のうち、左の画像はある有名な美術作品の人物をトレースしたものです。
    その作品とはいったい何でしょう?

    解答もいきなりですが・・・
    答えはフランスの画家、ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル(Jean-Auguste-Dominique Ingres/1780-1867)の1856年の作品「泉」でした。(原題:La Source)

    元の絵を知っている人には簡単な問題でしたね。

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    アングル作「泉」
    File:Jean Auguste Dominique Ingres - The Spring - Google Art Project 2.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン


    では上の線画のうち、右側の画像は何をトレースしたものかわかりますか?

    「ヴィーナスの誕生かな?」「ギリシア神話の三美神のひとり?」「このふくよかさはルネサンス期の宗教画かもしれない」・・・と、多くの人が西洋絵画だと思ってしまうでしょう。

    じつはこれ、日本の写真家、清岡純子さん(1921-1991)の1981年の写真作品から、そこに写るモデルをトレースしたものです。
    残念ながら元の画像は掲載できませんが、西洋絵画の裸婦像に非常に近い体形をしていることがわかると思います。


    私は中学生のときに美術科で初めてアングルの「泉」を知り、その均整のとれた美しい姿に感動を覚えました。
    多感な時期でしたが性的な感情ではなく、純粋に人間の形に感動したのでした。

    アングルの「泉」の女性は人間ではなく泉を擬人化したもの、つまり簡単に言えば泉の精霊です。
    女神や天使の姿もそうですが、作者は架空の存在に自分の理想を当てはめ、ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら美を追求していくわけです。
    アングルは「泉」を描き上げるのになんと36年を要しています。
    私はそんな、理想の美を追い求める作者の姿勢にも共感し、美術がさらに好きになりました。

    その2年後の高校生のとき、私は地元の駅前にある大きな書店の美術図書コーナーに立ち寄りました。
    そして目の前の棚から何気なく一冊の写真集を手に取ったとき、私はアングルの「泉」を見たとき以上の衝撃を受けました。
    何しろそこに写るモデルの少女が、まるでアングルの「泉」から抜け出てきたかのような姿をしていたからです。

    それは単にヌードだからということではなく、身体の形、縦横の比率、適度なふくよかさ、優しい表情に至るまで何から何までそっくりでした。
    そのモデルは当時の私よりも4歳ほど年下の少女でしたが、私はその子に女神様のような神々しさを感じました。

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    動く子供を素描で表現

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    当ブログで過去に何度も登場した言葉「デッサン」
    日本の自動車メーカー?いやそれはニッサン。中年の男性?いやそれはオッサン。
    などと冗談を言っている場合ではなく、今回はデッサンの話。

    デッサン(Dessin)という言葉はフランス語。
    英語ではドローイング(Drawing)、日本語では素描(そびょう)といって、主に鉛筆や木炭、パステル、コンテなどを用いて物体の形状や明暗などを平面に描画する技法、およびその作品のことです。

    輪郭線によって対象の視覚的特徴をつかむことを目的とした、人物画では基礎中の基礎とも言えるものです。

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    いつ頃の作品かは不明ですが、これはフランスの「Galerie du nu」という書籍に掲載されたデッサン画。
    子供をモデルとした単色のスケッチ、いわゆる人体デッサンです。

    描いたのはニコラさんという方らしいのですが、詳しいことはわかりませんでした。
    子供モデルのデッサン画の例として引用いたしました。

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    デッサンは古代から様々な用途でおこなわれ、ルネサンス時代には絵画、彫刻、建築の試作にも用いられるようになりました。
    絵画を制作するときの下絵であったり、基礎練習であることには間違いないのですが、現代では彩画と共にデッサン画もひとつの作品として成り立っています。

    用いる道具で一般的なのは鉛筆と木炭。
    鉛筆は様々な硬度のものを使用しますが、硬すぎる鉛筆はあまり使いません。
    木炭の場合はデッサン用の木炭を使います。
    このニコラさんの絵はたぶん鉛筆を使用しているのでしょう。

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    通常デッサンは単色の線画で描かれ、背景を省略することが多いですね。
    そういう意味ではモノクロの肖像写真に近いと言えますが、色彩を排除している分、形状がより色濃く反映されます。

    見た目が正確でないことを「デッサンが狂っている」などと言いますが、意図的にデフォルメした抽象画の場合はこれには当たりません。
    しかしだからといって抽象画の画家にはデッサン能力が必要ないのかというとそうではなく、有名な画家の多くが若い頃にデッサンの勉強に勤しんでいたように、画家にとってはとても大切な基礎のひとつです。

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    美術学校などではモデルを用意してデッサンの授業をおこなうことがあります。
    そのとき単なる立ちポーズが多いのは、モデルへの負担を考えるとある意味仕方がないことだと思います。
    しかし子供の場合は子供らしい様々なポーズを描いてみたくもなりますね。

    そのため動きのあるポーズの場合は写真を模写することもあります。
    これらの作品も一部は写真を模写したのだろうと思います。
    写真の模写をデッサンと言うのか?というと、まぁ正確には違うんですが、子供がモデルの場合そのほうが良いのかもしれません。

    ネコと人間の子供は、絵画のモデルにはちょっと不向きなようです。(^-^)

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    1970年〜1980年の男子用水着

    「水着」とは読んで字のごとく水に入るときに着るもの。
    英語の「Swimwear」もスイム(泳ぐ)のウェア(着る)ということで意味は同じですね。

    しかし水着には昔からもうひとつの側面があります。
    体の隠したい部分を隠しつつ、体の形を見せるための着衣でもあるということ。

    たとえば体を使って表現するパフォーマーやダンサーは小さな水着のみをコスチュームとすることもありますし、ボディビルダーもステージではビキニパンツを穿いています。
    体の形や動きを余すところなく見せたいが、股間だけは見せるわけにはいかないのでビキニ等を着用しているわけです。

    そして昔からお馴染みなのが水着モデル。
    水着を見せるためのモデル、あるいは水着を着た自分を見せるためのモデルです。
    水着メーカーやアパレル業界の広告も含めれば、子供から成人まで男女を問わずたくさんの水着モデルが存在します。

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    さてその水着ですが、歴史は意外と浅く、最初に登場したのは19世紀のこと。
    人間はもともと水に入るときは裸もしくは下着姿でしたが、1800年代に交通網の発達により海水浴が一般的になると、人々は水に入るための特別な服、つまり水着を着るようになりました。
    その頃はボディ全体を覆うスーツタイプが主流でしたが、1900年代に入ると次第に肌の露出部分が多いデザインへと変化していきました。

    そして1946年、フランスのデザイナー、ジャック・エイムによって画期的な水着が登場します。
    それはビキニ環礁の水爆実験のインパクトに例えて名付けられた「ビキニ」という水着でした。
    肌が大きく露出する女性のツーピース水着で、当時の人々には衝撃的な印象を与えたようです。

    ビキニといえば長らく女性の水着として知られていましたが、1970年代から男性もビキニを着用する者が増え始めました。
    これはオリンピック等の水泳競技の影響が少なからずあります。
    今でこそ人間の肌よりも水抵抗の少ない素材が開発され、太ももまで覆うスパッツタイプの水着が主流になりましたが、当時は布面積は小さいほうが有利と考えられていたため、多くの男子選手がビキニ水着を着用していました。

    ファッション性や目新しさもあって、各水着メーカーがこぞって一般向けビキニを発売していたのがこの頃。
    もちろん子供用もありましたし、デザインも様々なものがありました。
    しかし1980年代後半になると次第にトランクスタイプが主流となり、ビキニの使用者は急速に減少していきました。

    今回は昔を懐かしむ意味で、1970年代から1980年頃にかけての男子用水着をご紹介します。
    引用した画像は当時撮影された、スイスの少年たちの水着ポートレイト。
    著作者の詳細は不明ですが、過去にウェブサイトで公開されていた画像です。

    当時の男子用水着の資料がこれしかなかったのでこれをもとに解説していきたいと思いますが、著作者から削除要請があれば削除しますのでご了承ください。


    【ブリーフ型水着】

    日本では一般的に海水パンツ(海パン)と呼ばれていたタイプで、かつては水泳競技でも使われていました。
    ヘソが隠れるほど股上が深いものから、ビキニに近いローライズなものまであり、トランクス型が普及するまでは男性の水着といえばこれでした。
    日本の小学校では古くから紺色のブリーフ型を学校指定の水着(スクール水着)としてきましたが、近年は水着を指定しない学校も多いようです。


    「単色無地」

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    赤色、青色のみの生地を使ったシンプルな水着。
    この写真の水着は日本のスクール水着よりも少し股上の浅いタイプですね。
    ちなみにモデルの名前は左がアンディ君、右がマルセル君。


    「柄物」

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    左の水着は星型模様とストライプ。昔からよくあるデザインです。
    右の水着はショートボクサーパンツのような形で、幾何学模様が並んでいます。
    モデルは左がジャン=ピエール君、右がギュンター君。


    「珍しいタイプ」

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    今ではまず見かけないであろう珍しい水着。
    左の水着はタオル地で、ポケットにヒモが付いています。
    右の水着はなんと布のベルト付き。締めるためではなく、これも含めたデザインなんでしょうね。
    モデルは左がティエリー君、右がダニエル君。



    【ビキニ型水着】

    股上が浅く、平たい逆三角形の形をした、水泳競技でお馴染みの水着。
    必然的に腰骨よりも下で締め付けるため少し窮屈ですが、足の動きの自由度が高いのと、腹や脚に日焼け跡が残らないのは利点。
    当時のテレビ番組「オールスター紅白水泳大会」では、若い男性アイドルもビキニを穿いていました。


    「通常のビキニ」

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    左の水着は黄色地にワンポイント。これは絵でしょうかロゴでしょうか?
    右の水着はツートーンで、SAILINGの文字と国旗が描かれています。
    モデルは左がミッシェル君、右がトーマス君。


    「ブーメランパンツ」

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    ブーメランパンツと呼ばれる、股のV字を鋭角的にしてサイドを細くした競泳用ビキニ。
    前方から見た時にブーメランのように見えることからこの名が付けられました。
    モデルは左がマルク君、右がエルヴェ君。


    「両サイドにゴム」

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    両サイドだけにゴムが入っているタイプ。
    肌に残るゴム跡が少なくて済みますし、上のブーメランより窮屈ではなさそうです。
    モデルは左がマティアス君、右がラファエル君。



    【タンガ型水着】

    細いヒモに正三角形の布を取り付けたようなデザイン。
    前から見た形は日本の六尺褌に似ています。
    水着としてはかなり特殊なデザインのため、ダンサーやパフォーマー、モデルなど、水泳以外を目的として着用されることの多い水着です。


    「シンプルなツートーン」

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    腰ヒモの部分と股の部分で色が分かれているタイプ。
    デザインがシンプル過ぎるので、似合う人は限られるかもしれません。
    モデルは左がフランシスコ君、右がベンジャミン君。


    「絵と文字」

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    どちらも横向きなのでわかりにくいですが、左の水着は太陽の絵とRIOの文字、右の水着はNEW COLLECTIONSの文字がプリントされています。
    モデルは左がアレッサンドロ君、右がユルク君。


    「柄物」

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    形が画一的なためか、柄は様々なものがありました。
    ヒョウ柄は動物園で、紅白ストライプは商店街で穿くと喜ばれるかも。(誰に!)
    モデルは左がジャンニ君、右がマルクス君。


    タンガのようなヒモ水着はともかく、通常のビキニは1980年頃までは決して珍しい水着ではありませんでした。
    当時私は小中学生でしたので学校指定のスクール水着しか穿いたことはなかったんですが、テレビや雑誌でヨーロッパの子供たちがビキニを着こなしているのを見て、その格好良さを羨ましくも思ったものです。

    残念ながら日本では根付くことなく水着も下着もトランクスが主流となってしまいましたが、そのうちまた昔のようにビキニが流行る時代が来るのではないかと思っています。

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    「こどもの日」を迎えて...

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    本日5月5日は日本における「こどもの日」
    1948年に制定された、子供の人格を重んじ子供の幸福を願う、国民の祝日です。

    私は子供を天使になぞらえ、子供の姿(生物としての外見)にも尊さを感じています。
    ほとんどの一般人は、子供の裸を見ても何とも思わないか、もしくは可愛いと思うかのどちらかです。

    しかし悲しいかな、世の中には子供の裸を猥褻だと思い込んでいる人も少なからず存在します。
    赤ちゃんのオムツ替えや、子供がお風呂で遊んでいる写真さえも微笑ましく見ることができず、親が公開している子供の成長記録さえ批判する者もいます。

    子供の裸が猥褻に見える者がいるからといって、子供そのものが猥褻物なのではありません。
    人間の姿は奇跡の賜物であり、子供はさらに尊いものです。
    その姿を蔑ろにするようなことはあってはならないことです。

    子供を守るということは、子供の尊厳を守ることでもあります。
    人間の子供という、可愛らしく、美しく、何物にも代え難い素晴らしい存在を、尊び、大切にする。
    そんな気持ちを世界中の人々が持ち続けてほしいと、私はそう願っています。

    (写真は1910年頃のインドネシア、バリ島の子供たち)


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:COLLECTIE TROPENMUSEUM Portret van twee Balinese jongens TMnr 10003610.jpg
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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    絵画の少年現る!

    日本の漫画家、荒木飛呂彦さんの代表作『ジョジョの奇妙な冒険』の第6部ストーンオーシャンには、絵画や漫画などのキャラクターを実在化させる「ボヘミアン・ラプソディー」というスタンド能力が登場します。

    知らない人にはナンノコッチャな話でしょうが、要するにこの漫画には「ウンガロという男の特殊能力により絵画や漫画のキャラクターが実体となって街に溢れてしまった」というシーンがあるのです。

    作中にはイタリアのウフィツィ美術館にあるボッティチェリ作の絵画「ヴィーナスの誕生」から抜け出たヴィーナスが街の中を歩くという描写もあります。

    絵から人物が抜け出るという話は漫画やアニメではよくある設定ですが、実際に起きたらそれこそ大事件!
    とくに美術界は大混乱でしょうね。

    今回は「絵画の中の少年がもし現実の世界に現れたら・・・」をテーマにしてみました。
    写真は引用として使用していますが出典が不明です。関係者から削除要請があれば削除しますのでご了承ください。


    【蛇使いの少年】

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    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Jean-Léon Gérôme - Le charmeur de serpents.jpg

    フランスの画家、ジャン=レオン・ジェローム(Jean-Léon Gérôme/1824-1904)による1870年の作品「The Snake Charmer」

    この蛇使いの少年が、スタンド能力「ボヘミアン・ラプソディー」により現実の世界に現れると・・・

    snakerboy_cambodia.jpg

    こうなります!

    ジェロームの絵はインドでこの写真はカンボジアですが、東南アジアでは今もこのような文化が残っているのでしょうか?
    ファンタを持っているところが現代っ子らしいですね。



    【水辺でうつぶせの少年たち】

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    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Joaquín Sorolla - Chicos en la playa.jpg

    スペインの画家、ホアキン・ソローリャ(Joaquín Sorolla/1863-1923)による1910年の作品「Chicos en la playa」

    水辺で遊ぶ少年たちを描いたこの絵画も、スタンド能力「ボヘミアン・ラプソディー」により・・・

    watersideboys.jpg

    このように現実の光景に!

    ひとり多いけれどポーズも構図もそっくりだし、奥から2番目の子がこちらを向いているところも同じ。
    美術館で絵を鑑賞した後に川に行って子供たちの水遊びを鑑賞するのも乙なもんです。



    【馬を連れた少年】

    sorolla-the_horse_bath.jpg
    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Joaquín Sorolla y Bastida - The Horse’s Bath - Google Art Project.jpg

    これも同じくホアキン・ソローリャによる1909年の作品「El baño del caballo」

    裸の少年が馬を連れて海岸を歩いているシーンですが、これもスタンド能力「ボヘミアン・ラプソディー」によって・・・

    boyandhorse.jpg

    我々の目の前に出現しました!

    馬が白馬じゃない点には目をつぶるとして、どちらも海辺だし、遠くにヨットが見えるところも同じ。
    絵のタイトルは訳すと「馬の風呂」となるので、昔は馬を水浴びさせるときに人間も裸になるのはよくあることだったのでしょう。



    【スパルタの少年】

    eckersberg-three_spartan_boys_practising_archery.jpg
    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Christoffer Wilhelm Eckersberg - Three Spartan boys practising archery - Google Art Project.jpg

    デンマークの画家、クリストファー・ヴィルヘルム・エッカースベルグ(Christoffer Wilhelm Eckersberg/1783-1853)による1812年の作品「Three Spartan boys practising archery」

    古代ギリシアの都市、スパルタの少年たちが弓の訓練をしているところ。
    もしこの少年がスタンド能力「ボヘミアン・ラプソディー」で現代の街に現れたらもう大変!

    bowandarrowboy.jpg

    なんたってスパルタの戦士ですから、繁華街や大通りは彼らの恰好の射的場となってしまいます。

    この写真は前掛けをしているのでスパルタの格好とはちょっと違いますが、街に現れたらその危険な美しさに人々はパニックですね。



    【草原に立つ少年】

    lohmuller_matts.jpg
    Copyright : Otto Lohmüller
    http://www.otolo.eu/

    ドイツの画家、オットー・ローミュラー(Otto Lohmüller/1943- )による1984年の作品「Matts am Atlantik」

    草原にたたずむ少年を描いたこの絵にもスタンド能力「ボヘミアン・ラプソディー」の効果が現れたようです。

    lonelyboy.jpg

    そのままのポーズで草原に出現!

    画像はドットの集まりですからこうして見るとどちらも同じように見えますが、実際に実物を目の当たりにすると、立体であり、温かく、そして動くという違い、つまり生命の有る無しの差は大きいのでしょうね。
    妊娠して命を育むことは、どんな芸術家よりも芸術的であると言えます。


    漫画「ジョジョの奇妙な冒険 第6部 ストーンオーシャン」に登場する、ボッティチェリのヴィーナスが街を歩くシーンでは、ニュース番組のレポーターが...
    『美しい!美しすぎるッ!ヴィーナスがわたしたちの目の前を歩いて行くのです!女性の裸体となりますがボカシはいっさい入れず放映されています!』
    と絶叫しています。

    もし本当に絵画の中の人物が目の前に現れたら、ヴィーナスに限らずともそれはとても美しく、神秘的な光景であることでしょう。
    動くその姿は美術館で鑑賞するとき以上の感動があるはずです。

    ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・


    絵画の画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    ライセンス:パブリックドメイン


    関連記事:人間になれたら...


    YouTubeより
    「クイーン - ボヘミアン・ラプソディ」(オフィシャルビデオ)

    タグ: Asia  Europa  少年  ♂♀  Water  絵画  OldPhoto  音楽紹介  CC-License  造形比較 

    山下ヴィーナス

    yamashitapark_venus.jpg

    この画像は今から35年前、まだ十代だった私が横浜の山下公園で撮影した写真です。

    私が最も好きな花であるパンジーの花壇に美しい裸婦像が設置されていました。
    足下に大きな貝殻があるのでヴィーナス像でしょうね。

    世界のヴィーナス像にはこのように腕を上にあげているものも何体か存在しますが、画像検索してもこれと全く同じ像は見つかりませんでした。
    有名な作品のレプリカではなく、ガーデン・オーナメントとして量産されたものかもしれません。

    それにしてもこのポーズ、このスタイル、この表情。
    まさにヴィーナスの目覚めを思わせる非常に美しい作品です。
    心なしか周りのパンジーたちもうっとり見つめているように見えます。

    余談ですが、写真にはこちらに向かってカメラを構えている人も写っています。
    ということはこの人の撮影した写真には、若かりし頃の私が写っているんですね。
    う〜ん、見てみたい気もします。(^^;)

    画像を拡大すると見える黄色い斑点はフィルムに付いたカビです。
    あれから長い年月が経ったのだと、つくづく感じさせられます。

    でも何十年経とうと何百年経とうと、そこに写るヴィーナスが美しいことに変わりはありません。
    もし時代とともに変わるものがあるとすれば、それは美とどう向き合うかという人々の意識でしょう。


    Copyright : RUKA

    タグ: 日本  少女  彫像  ♂♀  RUKA  OldPhoto 

    隠せばOK? - 3【タオル掛け編】

    「神話の登場人物だから全裸な、ただし股間だけは隠してくれよ」

    こんな制作依頼をされたら、彫刻家はとても悩むでしょうね。

    何故なら以前の記事で述べたとおり、何かを貼り付ければ不自然だし、神話のキャラがパンツを穿いていたらなおさら不自然。
    絵なら前景を重ねて見えなくすることもできますが、彫像はそうもいきません。

    そこで多くの彫刻家は、ふわりと舞う布が股間をさりげなく隠しているという、なんともファンタジックな彫像を作るわけです。
    昔から絵画でもよくある手法ですね。

    psyche_et_lamour.jpg

    たとえばこれはフランスの画家、ウィリアム・アドルフ・ブグロー(William Adolphe Bouguereau/1825-1905)による1889年の作品「Psyche et L'Amour」
    青い布によってクピドの股間だけが都合よく隠れています。
    男性器を隠すか隠さないかは作者にもよりますが、ブグローは概ね、幼児以外は隠す傾向にあったようです。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Psyche et LAmour.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン


    さて本題の彫像の話に戻りましょう。


    peinte_orphee_cambrai.jpg peinte_orphee2.jpg

    これはフランスの彫刻家、アンリ・ペインテ(Henri Peinte/1845-1912)による1888年の作品「Orphee endormant Cerbere」
    ギリシア神話に登場する吟遊詩人、オルフェウスの像です。
    左がフランスのカンブレー市の公園に設置されているブロンズ像で、右はたぶん置物ですね。

    元々は全裸であるこの作品も、レプリカではほとんどが布で股間を隠した姿となっています。
    インテリアとしては隠したほうが良いという判断でしょう。

    しかしこのレプリカを見て、ある種の違和感を感じませんか?

    そう、いくら男性と言えども、通常このように布が引っ掛かることはないんです。
    布が掛かるということは、すなわち大事なものが上向きになっているということです。
    タオルフックのように。

    towelhook.jpg
    【タオルフック】(画像出典:Amazon.co.jp)


    「ええっ?真面目な彫像なのに!?」
    もちろん見えてはいませんが、見えないがゆえに確かめようもありません。

    このようなタオル掛け状態の彫像は他にもいくつかありました。


    runeberg_angel_helsinki.jpg runeberg_angel05.jpg

    これはフィンランドの彫刻家、ウォルター・ランバーグ(Walter Runeberg/1838-1920)による天使像。
    左は首都ヘルシンキの街の広場に設置されているオリジナルで、右は墓地に設置されているレプリカ。
    見事にタオル掛けになっていますね。

    「純真な天使がそのような状態になるはずがない!」
    そう思う人の気持ちもわかりますが、布が引っ掛かるということはそういうことです。


    eugene_marioton_zephyr-.jpg jules_isidore_lafrance-saint_jean.jpg

    これは左がフランスの彫刻家、ユージン・マリトン(Eugène Marioton/1857-1933)による1894年の作品「Le Zéphyr」
    ギリシア神話に登場する西風の神ゼピュロスの像で、布は掛かっているというよりも巻き付いているといった感じですね。
    西風の神はこういうことも自由自在なのでしょう。

    右はフランスの彫刻家、ジュール・イシドール・ラフランス(Jules-Isidore Lafrance/1841-1881)による1873年の作品「Saint Jean-Baptiste enfant」
    画像出典:Footsteps - Jotaro's Travels

    こちらは10歳くらいの少年に見えますが、子供ならなおさら通常の状態で引っ掛かることはありません。
    しかも軽い布ではなさそうだし、そうとう元気な子ですね。


    augustin_moreau-vauthier_cupid.jpg auguste_moreau_cupid-holding.jpg

    これは左がフランスの彫刻家、オーガスティン・モロー・ヴァウティア(Augustin Moreau-Vauthier/1831-1893)による1875年の作品「Cupid」
    アメリカのロサンゼルス郡立美術館が所蔵しています。
    そして右はフランスの彫刻家、オーギュスト・モロー(Auguste Moreau/1834-1917)による作品「Cupid holding an Arrow」

    どちらもクピドの像で、作者の名前がどちらもモロー。
    でも股間はモロではなく、かろうじて隠れています。

    左は「見て見て!リボンが掛かってるよ!」と言っているようで、右は「どうだい!矢の重さにも耐えられるぜ!」と言っているような・・・言ってないですね。(^^;)


    【まとめ】

    今回はちょっとオフザケ気味でしたが、3回に分けて「裸像の股間は隠したほうが良いのか?」について考察してきました。
    結論としては「隠さないほうがずっと良い!」

    カップを取り付けた姿は不真面目に見えるし、パンツを穿かせたレプリカを作っても不自然なだけだし、布が掛かっていればそういう状態であるようなイメージを与えてしまう・・・。
    結局のところ裸像は、ありのままの姿が最も健全であるということです。

    一番最初の島根県の公園の話に戻りますが、ダビデ像にパンツなんか穿かせたら、それこそ「教育上悪い」下品な公園になっちゃいますよ。


    関連記事:隠せばOK? - 1【カップ編】
    関連記事:隠せばOK? - 2【パンツ編】

    タグ: Europa  少年  ♂♀  彫像  絵画 

    隠せばOK? - 2【パンツ編】

    彫刻作品はのちにレプリカ(複製品)が作られることがあります。
    美術館や公共施設に設置されるような精巧なレプリカの場合は、オリジナルから型を取りほとんど変わらぬように作られますが、一般に出回っているインテリアとしての彫像(置物など)の場合は形が若干違っていることもあります。

    また一部には、パンツを穿いているように改変したものもあります。
    オリジナルは全裸であるのに、それを模した製品ではパンツを穿いているということです。

    私も詳しくはないのであくまでも憶測ですが、パンツ姿に改変する理由として次の3つがあるような気がします。

    1 - 売上を考えて
    部屋に全裸の像を飾るのは恥ずかしいと考える人はまだまだ多いですから、一般人が買いやすいようにパンツを穿かせたのかもしれません。

    2 - 製造元の独自判断
    有名な作品をテーマに置物などを作るとき、製造元が歴史や現代の風潮などを鑑み、パンツを穿いていたほうが良いだろうと判断したのかもしれません。

    3 - 許可を得ず製造したときの言い訳
    たとえば製造元によっては、姿を少し変えて作ることで、著作権や意匠権の侵害となることを回避しようとしているのかもしれません。

    今回は「複製品でパンツを穿かせられた彫像」についてです。


    alfonso_canciani_lanciasassi01.jpg alfonso_canciani_lanciasassi02.jpg

    これはイタリアの彫刻家、アルフォンソ・カンチアーニ(Alfonso Canciani/1863-1955)による1894年の作品「Lanciasassi」
    斜め上を見上げて石を投げている少年の像です。
    左がオリジナルで、右は卓上サイズの置物でしょうか、半ズボンを穿いています。

    この像は1746年にオーストリアの占領軍に対して投石した少年がモチーフらしいので、歴史的に見ればズボンを穿いているほうが正しいと言えますね。
    イタリアのコルモンスの街にも設置されていますが、それはオリジナルと同じく全裸です。

    神話の登場人物ではなく一般人なので、このような改変ならば不自然さはありません。
    でも作者としては意図があって裸像にしたのでしょうから、そのへんの意図をどう汲み取るかですね。


    vincenzo_gemito_acquaiolo01.jpg vincenzo_gemito_acquaiolo06.jpg

    これはイタリアの彫刻家、ヴィンチェンツォ・ジェミート(Vincenzo Gemito/1852-1929)による1881年の作品「L'acquaiolo」
    水売りの少年の像です。
    この作品のレプリカの多くはオリジナルに忠実ですが、中にはこのように半ズボンを穿いているものもあります。

    19世紀の水売りであれば、右の姿のほうが正しいのかもしれません。
    もちろん裸の子に売り子をさせていた水売り商もいなかったとは言えませんが。

    前回の記事のように股間にカップを付けるくらいなら、こうしてズボンを穿かせてしまったほうが自然であり、品性もなんとか保てるように思います。
    とは言っても、こういう改変も少年像だからできることですけどね。


    himobikini.jpg
    【ヒモパン?】(画像出典:Amazon.co.jp)


    石を投げる少年も水売りの少年も、穿いているのが半ズボンならさほど違和感はありません。
    しかしレプリカの中には「なんでこんなパンツなんだ?」と思ってしまうような像もあります。


    lotto_granchio_01.jpg lotto_granchio_03.jpg

    これはイタリアの彫刻家、アンニーバレ・デ・ロト(Annibale De Lotto/1877-1932)による1920年の作品「Il Granchio」
    海で魚捕りをしていた少年がカニに足を挟まれてしまったシーンなので、全裸であることはべつに不自然ではありません。
    むしろ正しいとも言えます。

    ところが一般向けに売られているこの像のレプリカは、ほとんどが前掛けのようなものを着けています。
    しかもそのデザインも製品によってまちまちで、右の画像ではまるでヒモ水着というか、極小ビキニというか。

    身につけるものによっては、無邪気な子供のイメージを損なわせてしまいます。


    renda_thefirstelation01.jpgrenda_thefirstelation02.jpg

    これはイタリアの彫刻家、ジュゼッペ・レンダ(Giuseppe Renda/1859-1939)による1895年の作品「The first elation」
    左がナポリの美術館にあるオリジナルで、右はサイズがわかりませんがレプリカですね。

    この像も同じようにおかしなパンツ姿に改変されていて、見ようによっては女性用の下着にも見えます。
    一般向けの商品は股間を隠していたほうが良いという判断だとしても、このパンツはアリなんでしょうか?

    股間の露出を下品だと思ってそうしたのだとしたら、これはかえって逆効果ですね。


    shellbikini.jpg
    【パーティ用貝殻ビキニ】(画像出典:楽天市場)


    最後はレプリカではないのですが、関連がありそうな作品。

    john_hodge-fountain.jpg

    イギリスの彫刻家、ジョン・ホッジ(John Hodge/生没年不明)によるブロンズ作品。
    イギリスのエセックス州の街、ブレインツリーの広場にある噴水彫刻です。

    う〜ん、なんで貝殻ビキニにしたんでしょうか?
    これならむしろ何も着けていないほうが健全ですよね。

    水辺に裸の子は当たり前なのに、それでもやっぱり隠せと抗議した市民がいたんでしょうか?
    だとしたら、作者がその是非を市民に問うている、と考えることもできますね。


    【結論!パンツによっては下品さアップ】

    オリジナルではせっかく無邪気で子供らしい姿に作られているのに、股間を隠すというただそれだけのためにパンツを穿かせると、逆に品位を下げてしまうこともあります。

    ズボンであれば下品にはならないでしょうが、神話の登場人物の場合はズボンを穿かせるわけにはいきません。
    私としては、オリジナルが全裸であるなら、レプリカもそのままを保ってほしいと思います。


    では、作者が初めから股間だけ隠れるように作った彫像なら不自然さはないのかというと、じつはそういった作品にも不自然なものがあるんです。
    次回は「布が落ちない理由」について考えてみたいと思います。


    関連記事:隠せばOK? - 1【カップ編】
    関連記事:隠せばOK? - 3【タオル掛け編】

    タグ: Europa  少年  ♂♀  彫像  水着 

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    Author:RUKA


    当ブログは子供を表現した世界の絵画、彫像、写真作品をご紹介しています。
    天使に見立てているので必然的に裸の作品が多くなりますが、すべてアートまたは家庭的な生活記録に限定しています。

    子供は本来この世界における夢であり希望であり、その姿は大人にとってノスタルジーや心の潤い、癒しの対象でもあります。

    古くから子供の姿は愛すべきものとして認識され、絵画や彫像、写真等で様々に表現されてきました。天使のイメージもそのひとつです。
    そして各家庭でも、我が子への愛情ある記録(写真撮影)が数多くなされています。

    当ブログではそれら子供や天使をテーマにしたアート作品と、写真共有サイトFlickrで一般公開されている子供写真をご紹介しています。(できるだけ天使の姿に近いものを選んでいます)

    ふと訪れては日々の疲れを癒す天使の園・・・そんな憩いの場としてお使いいただければ幸いです。

    画像の著作者は私を含め様々ですが、著作権的に問題のない方法で掲載しています。
    また、公序良俗に反する画像や違法な画像、猥褻な画像は一切ありません。
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    著者について...
    名前:RUKA (Rukachas)
    国籍:日本
    出身:埼玉(生まれは宮城)
    性別:男性
    年齢:あっという間の半世紀
    インターネット歴:21年

    20代の頃に仕事で幼稚園に出向いたのを機に子供の笑顔写真を撮り始める。
    1999年に「The Light of Smile 笑顔の灯り」という子供の笑顔をテーマにしたサイトを開設。
    サイト終了後はこのブログで世界の天使像や世界の子供写真を紹介している。
    6人の甥と姪の伯父さんでもある。

    メールアドレス: ruka_rukachas@ybb.ne.jp
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