Le charmeur de lézards

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    スイスの彫刻家、ダニエル・ブルカール(1862-1887)による1885年の作品「Le charmeur de lézards」

    岩の上でフルートを演奏している少年。
    スイスのジュネーブにある「モン・ルポ公園」に設置されているブロンズ像です。

    タイトルはフランス語ですが「トカゲの魅惑」と訳せます。
    少年の斜め下に1匹のトカゲがいるのがお分かりでしょうか?
    トカゲの魅惑というよりは、この子の演奏にトカゲがウットリ聴き入っているようにも見えます。

    作者のダニエル・ブルカールに関しては情報が少なく、検索してもまったくわかりませんでした。
    大きな公園に設置されているくらいですから無名ではないと思いますが、世界的に有名な彫刻家というわけでもないんですね。

    しかも生没年を見ると、なんと25歳で亡くなっています。
    この像は彼の死後、姉のエリーゼ・ブルカールによって街に寄贈され、1903年にこの公園に設置されたそうです。

    裸の少年が吹くフルートは、どんな音色を奏でるのでしょう?
    できることなら聴いてみたいですね。


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    ダニエル・ブルカール作「Le charmeur de lézards」と、それと同じポーズの人間との比較。
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    広告の天使たち

    昔のレコードやCDのジャケットには、天使の姿、つまり裸の子供が写っているものが多々ありました。
    これについては過去に記事にしていますのでそちらをご覧ください。(該当記事 1) (該当記事 2)

    同じように、昔はテレビCMや雑誌広告に天使の姿が登場することは決して珍しくありませんでした。
    シャンプーやボディソープ、お風呂用オモチャのCMがお風呂シーンなのは当然ですが、裸とは無縁の商品であっても、無邪気、無垢、可愛らしさの象徴として登場することもありました。

    今回はそんな、エンジェルスタイルの子供の写真を使った古い広告をいくつかご紹介したいと思います。

    ほとんどが面白画像等を集めたサイトや掲示板にあったものですが、一部を除いて出典(元々の出所)がわかりません。
    あくまでも資料として紹介していますが、ここでの掲載に問題がある場合は削除しますのでご連絡ください。

    では新しいほうから順番に見ていきましょう。


    magazine_beauty_2003_04.jpg

    これは広告ではなく雑誌の表紙ですが、「beauty」という女性向けファッション誌の2003年4月号。
    文字から察するにたぶんロシアの雑誌だと思います。
    4月から肌を出したモデルを登場させるなんて、あちらの女性誌は大胆ですね。

    手前の女の子もモデルのお姉さんに負けず劣らずの美人ちゃん。
    この子もプロのモデルでしょうか?

    子供に大人と同じ化粧を施したり着飾ったりしてミニ大人を作るという、いわゆる実年齢と見た目のギャップの妙を狙った広告は昔からありました。
    日本でも一時期、大人びた子供が持て囃された時期がありましたね。



    ad_tirol_marukin1985.jpg

    松尾製菓「めざせまるきん もなかチョコ」の1985年の雑誌広告。
    キーホルダー付き金運まねき電卓、略して「金卓」が当たるそうです。

    書かれている文章からして小学生向け漫画雑誌の誌面だと思いますが、読者が子供だから裸もギャグにできたんでしょうね。
    「キンタク」と略しているのも、一文字違いの何かと掛けているんでしょう。

    一見単純なスナップに見えますが、持っている金卓の「金」の字がちゃんとこちらを向いていて、男の子の表情も良く、股間もシッカリ隠れている。
    撮影にはそれなりに時間がかかったんじゃないでしょうか。



    nvsh_baas_in_eigen_broek1980.jpg

    オランダの性的改革協会「NVSH」が1980年に発表した広告。
    NVSHは1946年にオランダで設立された、個人の性的解放と社会における性的条件の改善を目的としている組織だそうです。
    1960年代からは避妊具や避妊薬の品質および利用を向上させてきた功績があります。

    大人の性活動を支援する団体がなぜこんな広告を?と思いましたが、彼らは子供たちに性的な問題を考えるよう促す啓蒙活動もおこなっているんだとか。

    なるほど、この画像を最初に見たとき性教育ビデオのパッケージかと思いましたが、あながち見当違いではなかったんですね。
    なお、この広告(ポスター?)はオランダのアムステルダム国立図書館にもあるそうです。



    ad_gyunyusekken1979.jpg

    牛乳石鹸「ベビー石鹸・キューピーシャンプー」の1979年の雑誌広告。
    赤ちゃん用の商品なので母子が登場するのは当然としても、ママが西洋系で赤ちゃんがアジア系に見えるところはイメージ優先といった感じですね。

    赤ちゃんの足の間から股間が見えちゃってますが、これはべつに狙ったわけではなく、あえて隠す必要はないと判断したのだと思います。
    そういう時代でしたし、母親をターゲットとした広告ですからね。

    結果的には、デリケートな部分にも優しい商品であるとアピールできたのではないでしょうか。



    ad_elefanten_schuhe1974.jpg

    ドイツの靴メーカー「Elefanten Schuhe」の1974年の広告。
    太めちゃん、普通ちゃん、細めちゃんが靴だけを履いて立っています。

    その下の文章は訳すと『エレファンテンT3シューズは3種類の幅でご利用いただけます。子供の足は幅が違うからです。』となります。
    なんとこれ、子供靴だったんですね。
    体の太さと足の幅が比例するかどうかはわかりませんが、サイズの選択肢が多いのは良いことです。

    ところでこの子たち、なぜエンジェルスタイルなんでしょうか?
    そりゃあ服の宣伝でもなく帽子の宣伝でもなく、靴の宣伝だからでしょう。



    magazine_folk_report1970_11.jpg

    雑誌「folk report うたうたうた」の1970年冬の号の表紙。
    質素なデザインですが、写真はたぶん海外のナチュリストの子たちでしょう。
    この頃のフォークソングにありがちな「自由と平和」のイメージを象徴しているような写真ですね。

    調べてみたら、この本は1971年に大阪府警からワイセツと判断されたことがあったそうです。
    「この写真が?」と思ったらどうやらこの表紙は関係なく、中に掲載されていたジョン・レノンとオノ・ヨーコの全裸写真が違法とされたようです。

    当時は子供を猥褻物と見なす風潮はほとんどありませんでしたが、大人の下の毛には厳しかった時代でした。



    konkordia_gromitz.jpg
    (画像出典:Amazon.de)

    130年以上の歴史があるドイツの合唱団「コンコルディア」のレコード「Klingende Grüße Aus Grömitz」
    発売年がどこにも載っていなかったんですが、たぶん1960年代だと思います。(違っていたらスミマセン)

    以前の記事「アルバムジャケットの天使たち」にこれを含めなかったのは、アルバムではなかったから。
    シングル盤やドーナツ盤と言われていた小さめのレコードです。

    タイトルにあるGrömitz(グレーミッツ)とは、古くから知られているドイツのリゾート地のひとつ。
    ジャケットは表紙が船の上で歌っている合唱団の写真で、裏表紙がこの海岸の兄妹の写真です。
    収録されている曲とこの子たちには何の関係もありませんが、自由を満喫できるリゾート地だとアピールするのには最適な写真ですね。



    ad_cocomalt1934.jpg
    (画像出典:Cocomalt Ad Full of Naked Children (Nov, 1934)

    ドイツで販売されていた「ココモルト」という健康飲料の1934年の広告。
    ゴーグルをした裸の子供が寝そべっている写真が使われていますが、これは人工光を浴びているところ。
    この頃は戦争による日光浴不足のため、子供たちのビタミンD欠乏が懸念されていました。

    この商品はビタミンDを配合したチョコレート風味の粉末で、水に溶いて1日3回飲むだけでビタミンD不足を補ってくれるというものでした。
    当時の親子にとっては有難い商品だったのでしょう。

    それにしても、天使たちが外で自由に遊べなかったなんて、悲しい時代ですね。
    現代も別な理由で太陽の下から天使の姿が消えつつありますが、これも悲しいことですね。
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    レーネルト&ランドロックの写真作品

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    19世紀生まれのドイツの写真家、ルドルフ・フランツ・レーネルト(1878-1948)
    そして同じくドイツの写真家、エルンスト・ハインリッヒ・ランドロック(1978-1966)
    このふたりの共同制作による1910年頃の写真作品です。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Lehnert et Landrock - Jeune femme nue au tambourin, Tunisie, vers 1900-1910.jpg

    彼らのことは過去に一度記事にしていますので、経歴などはそちらをご覧ください。(該当記事)

    20世紀の初め、写真学校を卒業したレーネルトとランドロックはふたりで共同し「Lehnert et Landrock」という著作者名で数々の写真作品を発表しました。
    ふたりは1904年から1914年までチュニジアに滞在し、その間はチュニジアの女性をモデルとしたヌード写真を撮影しています。

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    lehnert_et_landrock-jeune_fille_au_mirroir_afrique_du_nord_circa.jpg lehnert_et_landrock-061.jpg

    装飾品や小物類に凝り、ポーズも如何にもモデルといった感じで演出されています。
    写真の一部には署名も見えるので、ポストカード等の商品となった可能性もありますね。

    モデルは主に10代〜20代の女性ですが、中にはこのような10歳前後のモデルも見受けられます。
    しかしよく見ると上の4枚とも同じ子ですし、低年齢のモデルはそう多くはなかったようです。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Lehnert et Landrock - 033.jpg
    File:Lehnert et Landrock - 040.jpg
    File:Lehnert et Landrock - Jeune fille au mirroir, Afrique du Nord, circa 1910.jpg
    File:Lehnert et Landrock - 061.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン


    lehnert_et_landrock-les_trois_graces_tunisie_vers.jpg lehnert_et_landrock-jeunes_filles_a_la_jarre_tunisie_circa.jpg
    lehnert_et_landrock-deux_adolescentes_nues_vers.jpg lehnert_et_landrock-trois_jeunes_filles_fumant_le_narguile_circa.jpg

    この写真も4枚とも同じ少女たちですね。
    レーネルト&ランドロックの作品は、その数の割にはモデルの人数は少ないと言えます。

    当時ヌードモデルは一般的な職業ではなかったので、もしかしたら地元の女性たちに頼んでモデルになってもらっていたのかもしれません。
    当時の日本(明治43年頃)では「写真を撮られると魂を抜かれる」と、撮影されることを嫌う人も多かったそうですが、そういう意味ではチュニジアの女性のほうが新しいものに積極的だったと言えますね。

    チュニジアは北アフリカのマグリブに位置する共和制国家で、人口の98%がアラブ人。
    現在では女性の社会進出が著しく、アラブ世界で最も女性の地位が高い国となっているそうです。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Lehnert et Landrock - Les trois grâces, Tunisie, vers 1900-1910.jpg
    File:Lehnert et Landrock - Jeunes filles à la jarre, Tunisie, circa 1910.jpg
    File:Lehnert et Landrock - Deux adolescentes nues, vers 1915.jpg
    File:Lehnert et Landrock - Trois jeunes filles fumant le narguilé, circa 1920.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン
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    Tireur d'arc

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    フランスの彫刻家、ジョセフ・アントワーヌ・ガルデ(1861-1891)による1890年の作品「Tireur d'arc」
    タイトルは「弓矢の射手」という意味。

    上に向けているのは鳥を狙っているからでしょうか?
    それとも天に向かって矢を射るという古い物語でもあるのでしょうか?

    そんなに大きな作品ではないと思いますが、ディテールが細かいですね。
    手の先から足の先に至るまで、男性特有の筋肉の凹凸がしっかり表現されており、全体のバランスも見事。

    モデルの体形と作者の造形技術に感嘆できる作品です。
    とくに胸回りや足の筋肉はいかにも健康美といった雰囲気を醸しています。
    真ん中の小さい矢はちょっと頼りなさげですが、これは彫像なので仕方がないですね。


    作者のジョセフ・アントワーヌ・ガルデは1861年にフランスのパリで生まれました。
    弟は動物彫刻家として名高いフランスの彫刻家、ジョルジュ・ガルデであり、父親も同じく彫刻家でした。

    ジョセフはパリの国立美術学校に通い、ジュール・カヴリエやアイメ・ミレーの生徒として学びました。
    彼は1884年に大会で2位を獲得し、1885年には1位のローマ賞を受賞。
    これがきっかけとなり、1889年までイタリアのローマに滞在します。

    彼はフィレンツェのウフィツィ美術館にある古代彫刻「トルソ・デ・ファウノ」のレプリカを作ってパリの美術学校に寄贈するなど、イタリア滞在中にも精力的に活動しました。

    1890年にパリに戻った彼は、フランス芸術家協会に参加してすぐにサロンで作品を発表します。
    それがこの作品「Tireur d'arc」でした。

    彼は翌年の1891年に幼少期のキリストを題材とした「El sueño del Niño Jesús」という作品を発表しますが、同年2月24日、病気により30歳の若さで亡くなりました。


    joseph_antoine_gardet-tireur_darc_bw.jpg joseph_antoine_gardet-tireur_darc_like.jpg

    ジョセフ・アントワーヌ・ガルデ作「Tireur d'arc」と、それと同じポーズの人間との比較。
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    Drei Mädchen und ein Knabe

    wilfried_fitzenreiter-drei_madchen_ein_knabe.jpg

    ドイツの彫刻家、ヴィルフリート・フィツェンライター(1932-2008)による1988年の作品「Drei Mädchen und ein Knabe」

    タイトルは日本語に訳すと「3人の少女たちと少年」
    ドイツのミッテ区にあるベルリン大聖堂の斜め向かい、シュプレー川のほとりにさりげなく設置されています。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Drei Mädchen ein Knabe (1).JPG
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

    水辺のブロンズ像にしてはあまりサビや汚れが付いていませんが、観光地だけあって手入れが行き届いているのでしょう。
    多くの人がこの像の隣に座ったり、肩に手をかけたりして記念撮影しています。

    少年少女とは言っても、日本でいうと中学生以上でしょうか。
    この歳の男女が川で裸になるかどうかは微妙ですが、風景とマッチした落ち着いた作品であることは確かですね。

    wilfried_fitzenreiter_palasthotel.jpg

    ご覧のとおり、この像は当初同じミッテ区の「Palast Hotel」の前に設置されていました。
    ホテルは建設時にアスベストを使用していたため、2000年に閉鎖されてその後解体。
    彫像は2007年に現在の場所、シュプレー川のほとりに移動されたというわけです。

    この子たち、元々は互いに背を向けて円形に並んでいたんですね。
    現在の場所のほうが川を眺めて語り合っているようで、観光地の雰囲気には合っているのではないでしょうか。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Bundesarchiv Bild 183-1988-0726-024, Berlin, Brunnen vor dem Palasthotel.jpg
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


    作者のフィツェンライターは1932年、ドイツの都市ノルトハウゼンの生まれ。
    高校を卒業後、1951年から1952年にかけて採石場で石工技術を学び、1952年から1958年にかけて地元の学校やベルリンの美術大学で彫刻を学びました。

    その後ベルリンでフリーの彫刻家として活動し、晩年は各地で講演などもおこないました。
    彼の作品には彫像の他に、コイン、メダル、ドローイングなどがあります。


    wilfried_fitzenreiter-knabe.jpg wilfried_fitzenreiter-knabe_like.jpg

    ヴィルフリート・フィツェンライター作「Drei Mädchen und ein Knabe」と、それと同じポーズの人間との比較。

    塀の上に座って観光客を眺める。
    観光客は塀の上の彼らを眺める。
    人間と彫像が互いにつながり合っている場所と言えるかもしれませんね。
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    グレーデンとプリュショーの写真作品

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    19世紀のドイツの写真家、ヴィルヘルム・フォン・グレーデン(1856-1931)と、その従兄弟(いとこ)であるヴィルヘルム・フォン・プリュショー(1852-1930)の作品をご紹介します。

    このふたりについては過去にそれぞれ記事にしているので、経歴などはそちらをご覧ください。

    「ヴィルヘルム・フォン・グレーデン男爵の写真作品」
    「ヴィルヘルム・フォン・プリュショーの写真作品」

    作風が似ているためしばしば混同されることもあるグレーデンとプリュショー。
    まず初めに質問ですが、上の写真はグレーデンとプリュショー、どちらの作品でしょうか?
    答えはこの記事の最後にて。

    まずはふたりの作風の傾向を見ていきましょう。

    【グレーデンの写真作品】

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    gloeden-twelwetrees.jpg gloeden-young_male_nude_against_wall.jpg

    イタリアのシチリア島の都市、タオルミーナで1890年頃に撮影されたこれらの写真には、グレーデンの撮影技術および撮影に対する姿勢が如実に表れています。

    古代ギリシアをモチーフとした作品ですが、モデルをただ配置して撮っただけの簡単なものではなく、小道具を巧みに使ったり、絵画的な構図を取り入れたり、肌の写りを良くするためにモデルに化粧をほどこすなど、その技法やアイデアは現在でも高く評価されています。

    モデルには自然なポーズをさせ、ギリシア彫刻のような品位を保ち、背景との重なり具合や光の向きも計算した上での撮影。
    言うなれば非常に絵画的な作品ということです。

    アメリカやヨーロッパの各地で展覧会を開いたり、イギリスで書籍を出版したのも、芸術作品としての質の高さがあったからこそと言えるでしょう。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0797 - Caputo, p. 22 e Debutdusiècle, p. 71 - Deponirt 23 Oct 1901.jpg
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0320 - Getty Museum.jpg
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 2091 r - Twelwetrees p. 55 - ma con timbro di Galdi, ebay Gentileschi2.jpg
    File:Wilhelm von Gloeden Young male nude against wall 1890s.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン


    【プリュショーの写真作品】

    pluschow_stratz-korper_des_kindes_24.jpg pluschow-napoli.jpg
    pluschow_stratz-korper_des_kindes_21.jpg pluschow_stratz-korper_des_kindes_09.jpg

    グレーデンの従兄弟(いとこ)であるヴィルヘルム・フォン・プリュショーは、ワインの販売業から転身して写真家となりました。
    突然の転身だったらしいので、グレーデンの活躍に感化されたのかもしれませんね。
    イタリアのナポリに住み、グリエルモ・プリュショーの名で多くの写真作品を発表しています。

    グレーデンのように古代ギリシア風にこだわってはおらず、モデルには女性も多く見受けられます。
    しかし撮影に関しては写真家らしい工夫はあまりなく、モデルの美しさに助けられていたところが大きいように感じます。

    モデルは若干年齢が低いようですが、これが後に貴重な資料となります。
    産婦人科の医師であるカール・ハインリヒ・シュトラッツが1903年に出版した子供の成長に関する医学書では、プリュショーの作品が成長期の体形の資料として使われました。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Stratz - Körper des Kindes 24.jpg
    File:Plüschow, Wilhelm von (1852-1930) - n. 1060 - Napoli - ebay recto.jpg
    File:Stratz - Körper des Kindes 21.jpg
    File:Stratz - Körper des Kindes 09.jpg
    カール・ハインリヒ・シュトラッツ著「Der Körper des Kindes und seine Pflege」より
    ライセンス:パブリックドメイン


    グレーデンの作品もプリュショーの作品も、今では19世紀の貴重な写真として一般公開されています。
    彼らの作品を通して1世紀以上前の人を知り、果ては古代ギリシアにまで思いを馳せるのも良いのではないでしょうか。


    さて最初の質問の答えですが・・・
    一番上の画像は「ヴィルヘルム・フォン・グレーデン」の作品でした。

    斜めの背景や手前の草木など画面に奥行きを持たせ、右下には倒れた壺を配置するなど、アクセントを与えるものが要所要所にあり、グレーデンらしい絵画的な絵作りが成されています。

    左の少年がパンフルート、真ん中の少年が縦笛を持っているのもギリシア神話からのモチーフですね。
    左奥の壁にはボトルが1本置いてあり、これも面白いアクセントとなっています。(後から描き込んだ絵のようにも見えます)


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0106 - da - Auch ich in Arkadien, p. 186.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン
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    彫像と人間

    human_skeleton.jpg

    今月初めに掲載した「彫像の形・人間の形」と題した記事では、『モノクロ写真という二次元的な視覚情報では、彫像と人間のどちらも明暗による形の表現を鑑賞できる作品になり得る』という話をしました。

    では写真ではなく、実際の「彫像と人間」を比べてみた場合、どんな違いがあるのでしょう?

    statue_and_human.jpg

    ざっと思い付くのはこんなところです。
    命の有る無しは最も大きな違いですが、彫像が人間を(正確には人間の外観を)模したものである以上、美の優位性は人間にあると言っても良いでしょう。
    その姿が有限であり儚いことも人間の価値をさらに高めています。

    彫像の主な素材といえばブロンズと大理石ですね。
    まずはブロンズ像。

    balestrieri_bernardo-giovane_acquaiolo.jpg balestrieri_bernardo-giovane_acquaiolo_like.jpg

    イタリアの彫刻家、ベルナルド・バレストリエリ(1884-1965)による1900年初頭の作品「Giovane Acquaiolo」
    18〜19世紀に存在していた水売りという商売。
    その少年を再現したブロンズ像です。

    同じように見える彫像と人間も、実際に触ってみればその違いは明白です。
    感触の違いは素材の違い。


    【ブロンズ像の素材】

    ブロンズとは日本語で「青銅」と言い、銅を主成分としてスズを含ませた合金のことです。
    用途により亜鉛や鉛を含ませることもあります。

    添加するスズの量が多くなるほど黄色味が増し、また大気により徐々に酸化されて緑青(ろくしょう)が生じることで、くすんだ青緑色にも変化します。
    日本語の青銅という言葉はこの色から来たものですが、本来のブロンズの色は新品の十円硬貨とほぼ同じです。

    richard_daniel_fabricius-young_man.jpg richard_daniel_fabricius-young_man_like.jpg

    ドイツの彫刻家、リチャード・ダニエル・ファブリシウス(1863-1923)による作品「Young man」
    たとえ錆びにくいブロンズ像であっても水は苦手。
    かたや人間は、水がなくてはその姿を維持することさえできません。


    evgeniy_rotanov-millenium_bw.jpg evgeniy_rotanov-millenium_like.jpg

    ロシアの彫刻家、エフゲニー・ロタノフ(1940-2010)による1989年の作品「Millenium」
    街の歩道に設置されている、両手を上げて立つ少年のブロンズ像。


    ブロンズは強度では鉄に劣りますが、加工性に優れており錆びにくいので古くから造形作品の素材として使われてきました。
    ブロンズ像の歴史はかなり古く、現存する世界最古のものは現在エジプト考古学博物館が所蔵している、約4千年前に作られた「エジプト第6王朝ペピ1世の像」だと言われています。


    彫像の素材としてもうひとつお馴染みなのが大理石。

    paul_melin-narcisse.jpg paul_melin-narcisse_like.jpg

    フランスの彫刻家、ポール・メリン(生没年不明)による1895年の作品「Narcisse」
    ギリシア神話に登場する美少年、ナルキッソスが泉のほとりで横たわっているシーンを再現しています。

    彫像では横たわるポーズは少なめですが、人間は毎日横になって眠る必要があります。


    【大理石像の素材】

    大理石は英語ではマーブルと呼ばれています。
    石灰石を源岩とする結晶質石灰岩であり、マグマの熱を受けて接触変成作用で再結晶化した変成岩の一種です。
    その色合いや模様の美しさから、古代より建築物や彫刻作品の素材として使われてきました。

    大理石の主成分は炭酸カルシウムで、塩酸などの強酸と反応して二酸化炭素を放出します。
    そのため塩酸が含まれる洗剤を使うと光沢が無くなったり痩せたりするので注意が必要です。

    george_rennie-cupid_rekindling.jpg george_rennie-cupid_rekindling_like.jpg

    スコットランドの彫刻家、ジョージ・レニー(1802-1860)による1831年の作品「Cupid Rekindling the Torch of Hymen」
    ギリシア神話の婚姻の神ヒュメンと、そこに寄り添う愛の神クピドの大理石像。
    足を交差させてリラックスしているのは、ヒュメンがそばにいる安心感からでしょうか。


    adolf_von_hildebrand-schlafender_hirtenknabe.jpg adolf_von_hildebrand-schlafender_hirtenknabe_like.jpg

    ドイツの彫刻家、アドルフ・ボン・ヒルデブランド(1847-1921)による1871年の作品「Schlafender Hirtenknabe」
    羊飼いの少年が仕事の合間に腰を下ろして休んでいるシーンです。
    こういうときこそオオカミに狙われないように気をつけなくてはなりません。


    ブロンズ像同様、大理石像にもかなりの歴史があります。
    世界最古は定かではありませんが、ギリシャでは紀元前620年頃のアルテミス神の像や、紀元前590年頃の青年の像が発掘されています。

    石ではなく動物の牙を使ったものでは、2009年にドイツのホーレ・フェルス洞窟の遺跡から発掘された女性の形をした彫像が世界最古と言われており、約3万5000年以上も前のものだそうです。


    【人間の素材】

    human_body_statues.jpg

    それでは、生きた芸術作品ともいえる「人間」はいったい何でできているのでしょう?

    人体を構成する物質は主に約30種類。
    成分の多い順に、酸素、炭素、水素、窒素、カルシウム、リン、硫黄、カリウム、ナトリウム、塩素、マグネシウム、鉄、フッ素、ケイ素、亜鉛、ストロンチウム、ルビジウム、鉛、マンガン、銅、アルミニウム、カドミウム、スズ、バリウム、水銀、セレン、ヨウ素、モリブデン、ニッケル、ホウ素、クロム、ヒ素、コバルト、バナジウムなど。
    (出典:ウィキぺディア - 人体 より)

    ではこれらの物質を集めれば人工的に人間を作ることは可能なのかというと、それは技術的に不可能です。
    理由は、親から受け継いでいる微生物を生成できないからとも、細胞分裂を人間の手でおこなうことが困難であるからとも言われています。

    モノクロ写真では同じように見える彫像と人間。
    しかしどんなに優れた彫刻家でも、命を再現することはできません。

    地球という環境が作り上げた人間という生命体は、まさに奇跡の賜物。
    生命の仕組みのみでこの美しい形が出来上がったのか、それとも我々の脳がそれを美しいと感じるように作られているのか、いずれにしても神秘と言わざるを得ません。

    人間に生まれたことを感謝しつつ、自分の体も他人の体もどちらも大切にしていきましょう。
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    ダビデという名の勇敢な少年

    david_by_michelangelo.jpg

    美術に興味がない人でも「ダビデ」または「ダビデ像」という言葉は聞いたことがあると思います。
    世界的に有名な男性彫像のひとつですが、おそらくダビデと聞いてほとんどの人が思い浮かべるのはこの「ミケランジェロのダビデ像」でしょう。

    File:'David' by Michelangelo Fir JBU002.jpg
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

    イタリアの彫刻家、ミケランジェロ・ディ・ロドヴィーコ・ブオナローティ・シモーニ(1475-1564)が1501年に制作した、高さが5メートル以上もある巨大な大理石像。
    イタリアのアカデミア美術館に収蔵されています。

    下から見上げたときに美しく見えるよう上半身が大きめに作られていたり、リラックスした姿勢でありながら表情の険しさが緊張感を漂わせるなど数々の特徴を備えており、数あるダビデ像の中でも最高傑作と言われています。

    数ある・・・そう、ダビデ像は一種類ではありません。
    これまでに様々な彫刻家が様々なダビデ像を制作してきました。

    david_donatello.jpg

    これはイタリアの彫刻家、ドナテッロ(1386-1466)が1440年頃に制作したダビデ像。
    イタリアのフィレンツェにあるバルジェロ美術館が所蔵しています。

    ミケランジェロのダビデが青年であるのに対し、こちらは少年。
    洒落た帽子をかぶり誇らしげなポーズをとり、討ち取った敵の兵士ゴリアテの頭を踏みつけています。

    File:David Donatello 01.JPG
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


    jean_etienne_chaponniere-david.jpg

    これはフランスの彫刻家、ジョン・エティエンヌ・シャポニエール(1801-1835)が1834年に制作したダビデ像。
    フランスのジュネーブの公園に設置されています。

    巨大なゴリアテの頭を踏みつけ、神に感謝するかのように天を仰ぐ若きダビデ。


    andrea_del_verrocchio_david.jpg

    これはイタリアの彫刻家、アンドレア・デル・ヴェロッキオ(1435-1488)が1470年頃に制作したダビデ象。
    ヴェロッキオはあのレオナルド・ダ・ヴィンチの師です。

    非常に軽微な衣を身につけ、何故か乳首のところが花のようになっています。
    この像も足元にゴリアテの首がありますね。

    File:Museo pushkin, calchi, verrocchio, david 01.JPG
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


    ここまで読んで「そもそもダビデって誰?」「ゴリアテって誰?」と思った人もいるでしょうから、簡単に説明します。

    紀元前1000年頃、今から3千年ほど前の話。
    羊飼いから身を起こして初代イスラエルの王サウルに仕え、サウルの死後ユダで王位に就くとペリシテ軍を撃破して全イスラエルの王となった、40年ものあいだ王として君臨した人物がダビデ(David)。

    かたや「ゴリアテ」(Goliath)とは、サウル王治下のイスラエルと敵対していたペリシテ軍の巨人兵士の名前。
    身長は約2.9メートルと記されており、身にまとう鎧は約57キログラム、手にする槍は先の部分だけで約7キログラムあったそうです。

    ダビデがまだ羊飼いの少年だった頃、イスラエル人とペリシテ人は戦争状態にありました。
    ペリシテ軍最強の巨人兵士であるゴリアテは、しばしばイスラエル軍の前に現れては挑発を繰り返していました。

    『おまえらの勇者と1対1で決着をつけようではないか。もしそっちが勝てばペリシテはおまえらの奴隷となってやる。ただし俺様が勝てばおまえたちはペリシテの奴隷だ!』
    と朝夕の2回、40日間にわたってイスラエル兵たちを脅し続けました。
    イスラエルの兵士たちはゴリアテに恐れをなし、戦いを挑もうとするものは一人もいませんでした。

    ある日ダビデは、イスラエル軍に従軍していた兄たちに食料を届けるために戦陣を訪れました。
    ダビデはこのゴリアテの挑発を聞いて大いに怒り、イスラエル軍を率いていたサウル王にゴリアテ退治を申し出ます。

    サウル王は初めは難色を示しましたが、他に手段がなかったためダビデの出陣を許可しました。
    ダビデはサウル王から授けられた鎧と剣を一度は身にまといますが「慣れていないので歩くこともできない」とそれらを脱ぎ捨て裸になり、羊飼いの道具である杖と、布でできた投石器と、川で拾った滑らかな5個の石という軽装でゴリアテに挑んだのでした。

    突進してくるゴリアテと待ち構えるダビデ。
    ダビデが勢いよく放った石は見事にゴリアテの額に命中し、ゴリアテはうつぶせに倒れました。
    ダビデは剣を持っていなかったので、倒れたゴリアテに駆け寄り剣を奪い、その剣でゴリアテの首を一刀両断!

    ペリシテ軍はゴリアテの予想外の敗退により総崩れとなり、イスラエル軍はダビデの勝利に歓喜の声をあげました。
    この戦いによりダビデの名声は広まり、サウル王の側近として仕えるようになったのです。

    ダビデ像と呼ばれている彫像のほとんどは、このゴリアテ退治のシーンを表現したものです。
    ではその他の彫像も見てみましょう。

    david_et_goliath-mercie.jpg

    これはフランスの彫刻家、アントナン・メルシエ(1845-1916)が1873年に制作したダビデ像。
    フランスのトロワ近代美術館で展示されています。

    切り落としたゴリアテの顔を無慈悲に踏みつけ、剣を鞘に収めようとしているスタイルの良いダビデ。

    File:David et Goliath-Mercié.JPG
    ライセンス:パブリックドメイン


    opernhaus_zurich_-_utoquai.jpg

    これはスウェーデンの彫刻家、イヴァール・ヴィクトール・ジョンソン(1885-1970)が制作したダビデ像。
    スイスのチューリヒにあるオペラハウスの庭に設置されているブロンズ像です。

    こちらのダビデは片膝をついて踏みつけています。

    File:Opernhaus Zürich - Utoquai 2010-09-13 19-00-16.JPG
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


    hugo_kaufmann-david.jpg

    これはドイツの彫刻家、ヒューゴ・カウフマン(1868-1919)が制作したダビデ像。
    このダビデは討ち取ったゴリアテの頭を持ちながらも、どこか悲しげな佇まいで遠くを見つめています。
    勝利した安堵感か、己の行く末を憂いてのことなのか・・・。


    多くのダビデ像が戦闘後の様子を表しているのに対し、一番上のミケランジェロのダビデ像だけは戦闘前の様子を表しています。
    右手に石を持ち、投石用の布を肩にかけたミケランジェロのダビデ像は、今まさに巨人兵ゴリアテに戦いを臨まんとする緊張感までもが見事に再現されており、物語のイメージとしては最も正確なのかもしれません。

    しかし気になるのは当時のダビデの年齢です。
    旧約聖書の記述によると、ダビデは父エッサイの第八子、つまり8番目の子供。
    イスラエル軍に従軍していた兄たちに食料を届けるために戦陣を訪れたということは、当時のダビデは従軍できる年齢ではなかったということです。

    また、ミケランジェロのダビデ像以外はほとんどが無毛なので、そうなると12歳くらいだったと考えるのが妥当ではないでしょうか。
    ミケランジェロのダビデ像はどう見ても青年の姿であり、少年には見えませんね。

    数あるダビデ像の中ではドナテッロのダビデが最も実際の姿に近いような気がしますが、それよりももっとイメージに合う画像がありました。

    unknown_realdavid.jpg

    これは某写真家による写真作品。
    残念ながら詳細は不明ですが、タイトルを付けるとしたら間違いなくDAVID(ダビデ)となる作品だと思います。

    石を握りしめ、片足に体重をかけ、真剣な表情で横を見つめる姿はまさに臨戦態勢のダビデ。
    ミケランジェロのダビデ像と同じ雰囲気を漂わせています。
    しかし年齢的に見ると、当時のダビデにより近いのはこちらのほうかもしれません。

    また、ダビデ少年はイスラエル民の証である「割礼」を受けていたとされているので、そういう意味でもこちらのほうが似ていると言えますね。(ミケランジェロのダビデ像には割礼の痕がない)

    巨人ゴリアテもまさかこのような少年に殺されるとは思ってもみなかったでしょう。
    油断大敵、小よく大を制す、驕れる者は久しからず。
    現代も教訓となる故事のひとつです。
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    天使たちの運動会【集団演舞編】

    undoukai_item.jpg

    2年後の2020年、東京で第32回夏季オリンピック競技大会(東京オリンピック)が開催されます。

    東京でオリンピックが開かれるのはこれで2回目。
    1回目は1964年10月10日に開催され、のちに10月10日は「体育の日」という国民の祝日になりました。
    そのため小中学校の運動会は、秋季運動会として10月におこなわれることが多くなったというわけです。
    ただし現在は天候などの理由から春季(5月頃)におこなう学校が多いようです。

    私のようなおっさん世代にとっては体育の日といえば10月10日ですが、2000年からは10月の第二月曜日に改められています。
    さらに2020年からは名称が「スポーツの日」と改められ、7月24日に変更されるそうです。(なんだかなぁ...)

    日本ではほとんどの人が子供時代に経験しているであろう運動会。
    楽しかったという人もいれば、運動が苦手で嫌だったという人もいるでしょうが、見る者にとっては子供たちが一生懸命競技したり踊っている姿はとても微笑ましいものです。

    そんな小学校の運動会も、時代によって随分と様変わりしました。
    元々は明治後期に子供たちの運動能力向上のために導入された行事でしたが、戦時中は国威発揚や思想統制の意味もあったようです。
    戦後は競技種目も大会演出も多様なものとなりましたが、近年は高さのある組体操や騎馬戦が危険だとして禁止される傾向にあり、中には順位や勝ち負けをつけない学校もあるそうです。

    今回は日本の小学校の運動会の移り変わりを見ていきたいと思います。
    80年代以降の写真は私が撮影したものですが、古い写真はGoogleの画像検索で見つかったものを引用いたしました。


    【1930年代〜1940年代】

    undoukai_otaru_1938.jpg
    画像出典:長橋小学校の歴史

    この写真は1938年(昭和13年)に撮影された、北海道の某小学校の運動会の様子。

    飛行機の模型にボールをぶつけて落とす競技でしょうか?
    戦時中らしい光景とも言えますね。
    女の子は体操服ではなく制服で参加しています。


    【1950年代】

    undoukai_kumamoto_1959_d.jpg undoukai_kumamoto_1959_j.jpg
    画像出典:花園小学校 - 昭和34年運動会

    この写真は1959年(昭和34年)に撮影された、熊本県の某小学校の運動会の様子。

    左が男子の組体操、右が女子の演舞ですが、この頃はまだ競技種目が男女別でおこなわれていたようです。
    男子は体操服とランニングシャツと上半身裸がまちまちで、女子はいわゆる「ちょうちんブルマ」ですね。


    【1960年代】

    undoukai_chiba_1965.jpg
    画像出典:野田一中、昭和40年頃の運動会

    この写真は1965年(昭和40年)に撮影された、千葉県の某中学校の運動会の様子。

    運動会でバレーボールというのは今の感覚では違和感がありますが、当時は珍しくはなかったのでしょう。
    ブルマは若干フィットしたタイプになっているので、ちょうどこの頃が現代風なブルマへの移行期だったのかもしれません。


    【1970年代】

    undoukai_tochigi_1975.jpg
    画像出典:矢場川小学校 - 児童の活動風景の記録

    この写真は1975年(昭和50年)に撮影された、栃木県の某小学校の運動会の様子。

    私はこの子たちとほぼ同世代です。
    この時代になるとすでに男子は無地の白い短パン、女子は現代風なブルマへと完全移行しています。
    この写真では数人の男の子がベルトをしていますが、私の学校ではゴムだけのタイプでした。


    【1980年代】

    undoukai_ruka1986_1.jpg undoukai_ruka1986_2.jpg
    Copyright : RUKA

    この写真は1986年(昭和61年)に撮影した、埼玉県の某小学校の運動会の様子。
    組体操で、左は補助倒立、右は一番低いタイプのピラミッドですね。
    (フィルムが変色してしまったため、色合いがおかしくなっています)

    この頃は競技種目も段取りも、私が小学生だった頃とほとんど変わりません。
    プログラムの最後を締めくくる団体競技は組体操がメインでした。


    【1990年代】

    undoukai_ruka1994.jpg undoukai_ruka1995.jpg
    Copyright : RUKA

    この写真は1995年頃に撮影した、埼玉県の某小学校の運動会の様子。
    左は騎馬戦、右はマスゲームでの定番、ブリッジ体操ですね。

    この頃になると、現代風にアレンジしたソーラン節、流行りの歌やパフォーマンスを取り入れるなど、小学校の運動会もエンターテインメント性を帯びてきました。
    競争する運動会から、華やかなショウとしての運動会にシフトしてきた時期だと思います。


    【2000年以降】

    undoukai_ruka2009.jpg undoukai_ruka2011.jpg
    Copyright : RUKA

    この写真は2010年頃に撮影した、埼玉県の某小学校の運動会の様子。

    2000年以降はほとんどの学校で体操服がリニューアルされ、男女とも大きめのハーフパンツを穿くようになりました。
    ご覧のとおり、遠くから見ると男女の区別がほとんどつきません。
    親も自分の子を探しにくいんじゃないでしょうか。


    私が子供の頃は、男子は清々しいほどに真っ白な短パンで、女子は鉄腕アトムのように可愛らしい紺色のブルマでした。
    生徒たちのマスゲームを高い校舎の窓から見下ろすと、白色と紺色の動きがとても綺麗に見えたものです。

    今の子供たちが穿いている大きめのハーフパンツは太腿の怪我防止にはなると思いますが、運動会のような集団演舞のコスチュームとして考えると、少なくとも男の子のカッコ良さ、女の子の可愛らしさを引き出す格好ではないように思います。
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    彫像の形・人間の形

    humanbody_back.jpg

    人間の美しさに気付いたなら、それを深く知るには多くの人体絵画を鑑賞すると良い。
    人間の形に神秘を感じたなら、それを深く知るには多くの人体彫刻を鑑賞すると良い。
    人に優しくありたいなら、人間の真の姿(生まれたままの姿)を鑑賞すると良い。

    とは言っても、現実的には人間の裸を鑑賞できる機会はとても少ないですね。
    アメリカやヨーロッパには全裸になっても良いイベントがありますが、どちらかというと裸になる側の活動であって鑑賞の場ではありません。
    そのため多くの人は古くから、裸を撮影した「写真」を鑑賞してきました。

    写真は何を撮影したものであれ、平面状の点の集まりで構成されています。
    そのせいか彫像の写真と人体の写真の両方を眺めていると、どちらも同じ感覚で鑑賞できるものがあることに気付かされます。

    上の画像はフリー写真素材サイト「Pixabay」にあった人体写真(パブリックドメイン)ですが、まるで大理石の彫像のように見えませんか?
    色情報のないモノクロ写真では、人は彫像のように写り、彫像は人のように写るというわけです。

    しかも双方が同じポーズであれば、尚のことその差は小さくなります。
    彫像と人間の同じポーズの写真を並べて比較することで、彫像の緻密さや再現性、人の形の芸術性などを実感できるはずです。

    人体画像(ナチュリスト画像)の出典は不明ですが、形のみを比較できるようすべてモノクロで統一しました。


    vladimir_tishin-boy_brut.jpg vladimir_tishin-boy_brut_like.jpg

    ロシアの彫刻家、ウラジミール・ティシン(1963- )による2001年の作品「Boy Brut」

    これは粘土の原型を撮影したものだと思います。
    右手を腰に当て、左手にナイフを持った勇壮な立像ですが、うつむいて地面を見つめる仕草には憂いの気持ちも表れています。
    胸部の凹凸や足の筋肉の表現が見事ですね。


    august_kattentidt-junge_schwimmer.jpg august_kattentidt-junge_schwimmer_like.jpg

    ドイツの彫刻家、オーギュスト・カッテントット(生年不明-1956)による作品「Junge Schwimmer」

    タイトルは「スイマーの少年」という意味で、水に飛び込もうとしているところ。
    両腕を広げている姿は水鳥のようでもあり、動物愛護的な感情さえ湧き立たせる作品です。
    少年らしい活発さと可愛らしさが上手く表現されています。


    benito-nino_flautista.jpg benito-nino_flautista_like.jpg

    スペインの彫刻家、ベニート(生年不明- )による2003年の作品「Nino Flautista」

    フルートを吹く少年の像。
    直立して手元を見ながら演奏する姿は、本番に向けての練習であることを物語っています。
    ポーズはシンプルながら、少年の真剣さが伝わってくる作品です。


    wim_van_der_kant-david.jpg wim_van_der_kant-david_like.jpg

    オランダの彫刻家、ヴィム・ファン・デル・カント(1949- )による作品「David」

    旧約聖書にも登場する、紀元前1000年頃に君臨した古代イスラエルの王、ダビデ。
    巨人兵ゴリアテに石を投げつける若いダビデを表現した作品です。
    斜め上を見上げるこの姿から、ゴリアテの巨大さがわかりますね。


    harry_keast-the_boy_st_john.jpg harry_keast-the_boy_st_john_like.jpg

    イギリスの彫刻家、ハリー・キースト(生没年不明)による1909年の作品「The Boy St. John」

    新約聖書に登場するイエスの使徒のひとりである聖人ヨハネ。
    この彫像はヨハネの少年期の姿です。
    左手に十字架を持ち、右手を高く上げて民衆に応える、その表情は自信に満ち溢れています。


    jacopo_sansovino-bacchus.jpg jacopo_sansovino-bacchus_like.jpg

    イタリアの彫刻家、ヤコポ・サンソヴィーノ(1486-1570)による1512年の作品「Bacchus」

    盃を高々と掲げ、宴に興じるローマ神話のワインの神様、バックス(バッカス)。
    背中から腰にかけての力強い造形は、思わず見惚れてしまうほどの美しさ。
    どうせ掲げるならお酒よりも花束のほうが絵になるでしょう。


    capitoline_antinous_replica.jpg capitoline_antinous_replica_like.jpg

    18世紀にイタリアで発掘された、アンティノウスという人物の彫像。

    この像はレプリカですが、発掘されたオリジナルは2世紀頃に作られたと見られており、ナポリ国立考古学博物館が所蔵しています。
    アンティノウスはローマ皇帝ハドリアヌスのお気に入りだったと言われている少年。
    たしかに均整のとれた美しい姿ですね。


    上記の文章はすべて左側の彫像に関する説明ですが、右の人物写真の説明だとしても違和感がないのがお分かりいただけるでしょうか。
    写真という二次元的な表現によって、彫刻家の造形技術の素晴らしさと、命の器とも言える人体の造形美をともに実感することができます。

    人間という神秘的で魅力的な存在。
    その姿を石や金属で再現した彫刻家と、写真という形で残した写真家に、改めて敬意を表したいと思います。
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    いらっしゃいませ

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    RUKA

    Author:RUKA


    当ブログは子供を表現した世界の絵画、彫像、写真作品をご紹介しています。
    天使に見立てているので必然的に裸の作品が多くなりますが、すべてアートまたは家庭的な生活記録に限定しています。

    子供は本来この世界における夢であり希望であり、その姿は大人にとってノスタルジーや心の潤い、癒しの対象でもあります。

    古くから子供の姿は愛すべきものとして認識され、絵画や彫像、写真等で様々に表現されてきました。天使のイメージもそのひとつです。
    そして各家庭でも、我が子への愛情ある記録(写真撮影)が数多くなされています。

    当ブログではそれら子供や天使をテーマにしたアート作品と、写真共有サイトFlickrで一般公開されている子供写真をご紹介しています。(できるだけ天使の姿に近いものを選んでいます)

    ふと訪れては日々の疲れを癒す天使の園・・・そんな憩いの場としてお使いいただければ幸いです。

    画像の著作者は私を含め様々ですが、著作権的に問題のない方法で掲載しています。
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    著者について...
    名前:RUKA (Rukachas)
    国籍:日本
    出身:埼玉(生まれは宮城)
    性別:男性
    年齢:あっという間の半世紀
    インターネット歴:21年

    20代の頃に仕事で幼稚園に出向いたのを機に子供の笑顔写真を撮り始める。
    1999年に「The Light of Smile 笑顔の灯り」という子供の笑顔をテーマにしたサイトを開設。
    サイト終了後はこのブログで世界の天使像や世界の子供写真を紹介している。
    6人の甥と姪の伯父さんでもある。

    メールアドレス: ruka_rukachas@ybb.ne.jp
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