ヴィルヘルム・フォン・プリュショーの写真作品

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    ドイツの写真家、ヴィルヘルム・フォン・プリュショー(1852-1930)による1890年頃の写真作品。

    王様の前でひざまずく少年・・・というか、全員少年ですね。
    コスチュームや装飾、ポーズなどに古代ローマを思わせる演出が成されていますが、どことなく文化祭的な雰囲気でもあります。

    こんな演出の写真をどこかで見たことがあるような・・・?
    それもそのはず、作者のプリュショーは以前紹介したヴィルヘルム・フォン・グレーデンの従兄弟(いとこ)なのです。(該当記事)
    作風がグレーデンと非常に似通っているため、しばしばグレーデンの作品と混同されることがあるそうです。

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    File:Plüschow, Wilhelm von (1852-1930) - n. 2445 timbrato.jpg
    File:Plüschow, Wilhelm von (1852-1930) - n. 1637.jpg

    プリュショーはグレーデンと同じく、森林監督官を務める父親のもとに7人兄弟の長男として生まれました。
    父親は同国の君主シュヴェリーン大公の長男の庶子(妾の子)で、大公の甥であるフリードリヒ・フランツ2世の宮廷に使える官僚でした。

    そのような家柄に生まれていながら何故?と思ってしまいますが、プリュショーは1870年頃に名前をヴィルヘルムからグリエルモに変え、イタリアのローマに渡ってワインの販売業で生計を立てていました。
    しかしその後突然プロのヌード写真家に転身し、ナポリへと移り住んで数々の作品を発表します。

    「グリエルモ・プリュショー」の名で発表した作品はグレーデンと同じく古代ギリシア・ローマをイメージさせるものでした。
    しかしグレーデンほどの写真技術を修得してはいなかったのか、たんにモデルを配置して撮っただけの作品が多いようです。

    pluschow_innocence.jpg stratz_pluschow_dkdk.jpg
    File:Plüschow, Wilhelm von (1852-1930) - Innocence.jpg
    File:Stratz - Körper des Kindes 04.jpg

    プリュショーは当時も今も、グレーデンほどの高評価はされていません。
    理由は、モデルのポーズや構図、照明の扱い等がグレーデンのそれよりも見劣りがするというのがひとつ。
    もうひとつは、彼には逮捕歴があるからです。
    1902年に未成年のモデルと関係を持った罪により8ヶ月間の投獄生活を送っています。

    しかし人間の姿を学術的に記録するという意味においては貴重な存在だったようで、ドイツの産婦人科医、カール・ハインリヒ・シュトラッツ(1858-1924)が出版したいくつかの書籍においては、プリュショーの写真が資料として使われています。(該当記事)

    また、モデルのひとりであったヴィンチェンツォ・ガルディという少年は、後にプリュショーの意志を継ぐかのように写真家となり、プリュショーの作品の所有者となったそうです。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    Catalogue of Wilhelm von Plüschow's pictures
    ライセンス:パブリックドメイン
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    ヴィルヘルム・フォン・グレーデン男爵の写真作品

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    ドイツの写真家、ヴィルヘルム・フォン・グレーデン男爵(1856-1931)による1900年頃の写真作品。
    舞台はイタリアのシチリア島です。

    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0154 - da - Amore e arte, p. 78.jpg

    この島の住民は裸で生活していたの? いいえ、そんなわけはありません。
    これらは古代ギリシア・ローマをイメージした演出をほどこした作品です。
    この頃は写真を使ったポストカード(絵葉書)が全盛の頃でもあったので、いくつかはポストカードとして売られていたものかもしれません。

    gloeden_bacchino.jpg gloeden_the_boys_of_taormina.jpg
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 2252 - Bacchino.jpg
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 2067 - da - The boys of Taormina, p. 31.jpg

    作者のグレーデンは「男爵」という爵位が付いていることからわかるように貴族の出身です。
    かつて北ドイツに存在した公国、メクレンブルク=シュヴェリーンに森林監督官として仕える下級貴族出身の官僚の息子として生まれました。

    彼は10代の頃にドイツの都市ロストックで芸術史を学んだ後、1876年から2年間ワイマール・サクソン・グランデュカル美術学校で勉学に励みました。
    しかしその後不幸にも肺結核を患い、療養のためバルト海のリゾートにある療養所に移り住みます。

    彼は健康のためにと、1877年にイタリアへと旅立ちました。
    いくつかの地に滞在したのち、やがてシチリアの都市タオルミーナに落ち着きます。
    第一次世界大戦中に3年間、外国人としての抑留を避けるためにシチリアを離れることを余儀なくされましたが、それ以外は亡くなるまでずっとタオルミーナに住み続けたそうです。

    彼の作品の大部分は1890年から1910年にかけてタオルミーナで撮影されたもので、1893年にイギリスで出版された書籍により広く知られることとなります。
    彼はタオルミーナに初めての写真スタジオを設立し、1897年のカイロを初め、1898年にベルリン、1902年にフィラデルフィア、その後もブダペスト、ニース、ローマ等、各国で展覧会を開きました。

    gloeden_ragazzo_con_tenia.jpg gloeden_auch_ich_in_arkadien.jpg
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0253 - 1902-05 - Ragazzo con tenia - Twelvetrees p. 48.jpg
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0113 - da - Auch ich in Arkadien, p. 138.jpg

    グレーデンの作品の多くは10歳から二十歳の男性をモデルにしており、古代ギリシアやローマをイメージして作られています。(女性モデルの場合もあります)
    花輪やアンフォラなどの小道具を巧みに使った、イタリアの絵画や彫刻を思わせる牧歌的な作品が特徴です。
    1933年に警察によってネガが押収されたこともありましたが、彼の作品にはポルノは一切含まれていなかったそうです。

    優美な構図とフィルターや照明の使い方、モデルにほどこしたボディメイクアップ技術などが注目され、近年になって再評価されている写真家のひとりです。
    また彼はイタリアの観光普及に貢献した風景写真の作者としても、そして1908年に起きたメッシーナ地震の被害を記録した写真家としても知られています。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    Catalogue of Wilhelm von Gloeden's pictures
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    美術モデルの子供たち

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    以前、有名な画家がアカデミー時代に描いたデッサン画をいくつかご紹介しましたが(該当記事)、有名無名を問わず当時の生徒の作品は今でも残っていたり、書籍で紹介されていることもあります。

    絵画、とくに人物画家を目指す生徒にとってヌードデッサンは基礎中の基礎であり、技術習得のための大切な授業である、というのは以前お話ししたとおりですが、そのことで決して忘れてはならないのは、モデルとなってくれる人の存在です。

    美術学校や絵画教室等で人物のデッサンをおこなう場合、専用のモデルを雇ったり、ときには生徒自身がおこなうこともありますが、人体の視覚的特徴をつかむという美術的技法の習得には、モデルの協力は必要不可欠です。

    ルーブル美術館の入館案内書の記述によれば、絵や彫刻の美術モデルは紀元前からその存在が確認されており、モデルと名のつくものの中では最古の存在だとの説もあるそうです。


    ecole_des_beaux-arts.jpg
    File:École des beaux-arts (from the live).jpg
    ライセンス:パブリックドメイン

    この写真はフランスのパリにある国立高等美術学校「エコール・デ・ボザール」での授業の様子。
    19世紀に撮影された写真です。
    真ん中に男性モデルが立っていますね。


    bashkirtseff.jpg
    File:Bashkirtseff - In the Studio.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン

    そしてこちらは同じくフランスのパリにかつて存在していた美術学校「アカデミー・ジュリアン」での授業の様子。
    ウクライナの女性画家、マリ・バシュキルツェフによる1881年の作品です。

    エコール・デ・ボザールが女人禁制であったのに対してアカデミー・ジュリアンは女性の生徒も多く、このように子供をモデルにして授業をおこなうこともあったようです。
    生徒の中には自分の子をモデルに絵を描いていた母親もいたかもしれませんね。


    ではここで19世紀のアカデミーの生徒たちが描いた、子供モデルの絵を見てみましょう。
    要するに画家たちが学生の頃に描いた絵ということになりますが、中には授業で描いたとは思えないほど立派な作品もあります。


    unknown_1890-1900.jpg unknown_19th.jpg

    1890年から1900年頃にかけて描かれたデッサン画。
    モデルの子もずっと手を持ち上げているポーズは大変でしょうね。


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    左は1900年、右は1840年から1865年にかけて描かれたと思われるデッサン画。
    左は練習作といった感じですが、右はかなり丁寧な作品です。


    unknown_1890.jpg unknown_1840.jpg

    どちらも油彩画で、左は1890年頃、右は1840年頃の作品。
    座っているポーズなら少しは楽かな?


    unknown_19th_1.jpg unknown_19th_2.jpg

    これ、どちらも同じモデルに見えませんか?
    もしかしたら同じ授業で描かれたものかもしれませんね。19世紀の作品です。


    unknown_01.jpg unknown_02.jpg

    この二つは制作年不明。
    このまま額に入れて飾っても様になるほどシッカリしたデッサンですね。

    モデルになる子は思春期前の男の子が多かったようです。
    裸になることに抵抗がないというのも理由でしょうが、女の子よりも筋肉質で凸凹が多く、形体や明暗など対象の視覚的特徴をつかむというデッサンの授業には最適だったのでしょう。

    アカデミーの生徒たちに中には、その後世界的な画家となった人もいます。
    その足跡の一端を担ったモデルの子供たちも、こうして貴重な資料として残っているわけですから、立派な貢献だと言わざるを得ません。

    現代の日本では、美術や医学などの真面目な用途であっても、子供のモデルを使うことは非常に難しくなっています。
    そこには原因として、子供の裸を性的興奮材料として見てしまう一部の人に対する、懸念や不安があるからでしょう。

    しかし子供に限らず「人の姿は美しいもの、素晴らしいもの、大切なもの」という認識を広めるには、各アーティストの活躍や美術館による市民への関わり、幼い頃からの美術教育などが大切なのだと思います。
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    尻知る見知る

    「子供は可愛い」この言葉に異論がある人は少ないでしょう。
    そして「子供の後ろ姿は可愛い」この言葉に異論がある人も少ないと思います。

    昔からテレビ等でもコパトーンの広告はお尻が見えていたし、森永のエンゼルはこちらにお尻を向けていたし、紙オムツのCMには赤ちゃんのお尻が登場していたし、お尻を出した子一等賞だったわけです。

    現代でも各地の祭りや相撲大会にて子供たちの元気な褌姿が披露されていますが、いつの時代もキューピッドの如く、子供たちのお尻は微笑ましさの象徴です。

    今回は古いヴィンテージ写真から、子供たちの後ろ姿が写っているものをご紹介します。
    ほとんどが作者不詳。

    nude_boys_1900.jpg
    Nude Boy
    1900年


    boy_fishing.jpg
    File:Boy fishing near Căpriana monastery (80-ies). (5838092781).jpg
    撮影年不明
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


    boys_bathing_in_the_park.jpg
    Boys bathing in the park
    撮影年不明


    korper_des_kindes.jpg
    File:Stratz - Körper des Kindes 10.jpg
    1909年
    ライセンス:パブリックドメイン


    gloeden_la_terrazza_di_taormina.jpg
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0074 - 1904 - La terrazza di Taormina - f bn sc Puig p. 40.jpg
    1890年代
    ライセンス:パブリックドメイン


    young_boy_finds.jpg
    untitled
    1969年


    young_boy_climbing_1860.jpg
    Young Boy, Nude, From the Back, Climbing
    1860年/ニューヨーク・メトロポリタン美術館所蔵



    Five nude young boys kneel on a brick wall
    1945年
    Copyright : Getty Images



    Boys wearing traditional loincloth and waistband practise a sumo hold in Japan.
    1957年
    Copyright : Getty Images


    自分の後ろ姿は鏡にでも映さない限り見ることはできません。
    だから他人のお尻を見て自分のお尻を知ることになります。

    人の尻見て我が尻なおせ。
    尻を笑う者は尻に泣く。

    とかくオフザケ的な感覚で見られがちな部位ですが、お尻や骨盤は脊柱と脚を支える大切な土台であり、女性に関しては命を育む器でもあります。

    みなさん自分のお尻を大切にしましょう。(`・ω・´)


    画像出典
    ウィキメディア・コモンズ
    Getty Images
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    HS Johanneskyrkan Tammerfors

    simberg_photo01.jpg

    フィンランドの画家、ヒューゴ・シンベリ(1873-1917)が1905年に撮影した写真。

    「HS Johanneskyrkan Tammerfors」というタイトルが付けられていますが、HSは作者のイニシャルで、Johanneskyrkan Tammerforsとは「タンペレの聖ヨハネ教会」という意味です。(タンペレはフィンランドのピルカンマー県の都市)

    画家がなぜ写真を?と思ってしまいますが、これは絵画を制作するときの最初のデッサン画のために撮影されたものです。
    最終的な絵画作品は、タンペレにある「聖ヨハネ教会」の大聖堂の壁面を飾っています。

    tampere_kathedrale.jpg
    File:2003-03-29 Tampere Kathedrale Gemälde an Galerie.jpg
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

    作者のヒューゴ・シンベリはフィンランドを代表する象徴主義画家のひとり。
    1891年から美術学校で絵を学び、1895年からアクセリ・ガッレン=カッレラの個人的な弟子となりました。

    彼の作品には陰鬱な雰囲気のものが少なくありませんが、ある種のペーソスを含む独自の美しさを醸しており、1900年代初頭のヨーロッパにおける新しい芸術の実践者でもあります。


    1903年、建築家のラルス・ソンクの手により、聖ヨハネ教会の大聖堂の建築工事が始まりました。
    教会側は内装にアールヌーヴォーの作風を希望しており、独自の芸術スタイルを持つヒューゴ・シンベリに依頼。
    シンベリは1905年から1906年にかけ、教会の屋根とステンドグラスに「傷ついた天使」と「死の庭」と題された2つの作品を掲げました。

    そして大聖堂のフレスコ画の中心的なモチーフとなった「花輪を持つ少年」の制作では、シンベリは息子をモデルに写真を撮り、スケッチを描きました。
    以下の画像は、彼が撮影した写真と、それを元に描かれた絵画です。

    simberg_photo02.jpg simberg_painting02.jpg

    simberg_photo03.jpg simberg_painting03.jpg

    simberg_photo04.jpg simberg_painting04.jpg
    Category:Hugo Simberg
    Copyright : Finnish National Gallery
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

    tampereen_tuomiokirkko.jpg
    File:Tampereen tuomiokirkko 7.JPG
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

    これらの絵画は大聖堂の壁面にこのようにディスプレイされています。
    通常教会の壁画といえば聖人や神、天使を描いたものが主流ですが、このように思春期の少年をモチーフとしたものは珍しいですね。

    44歳という若さで亡くなったフィンランドの画家、ヒューゴ・シンベリ。
    現在彼は首都ヘルシンキの墓地で静かに眠っています。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    ライセンス:パブリックドメイン
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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    Cycling beside Don River

    williamjames_cycling.jpg

    カナダの写真家、ウィリアム・ジェームズ(1866-1948)による1912年の作品「Cycling beside Don River」
    日本語で言うと「ドン川沿いのサイクリング」
    カナダのドン川の近くの道を二人の少年が自転車でサイクリングしている、そんな写真です。

    こういう古いスナップ写真を見ると、いろいろと思い巡らされますね。
    100年前の自転車、100年前の煙突、100年前の家。
    この少年の子孫は今もこの地に住んでいるのだろうか?
    この小道は今も存在しているのだろうか?
    このとき踏みつけた小石は、今もその場所にあるのだろうか?・・・と。

    しかしもっとも疑問に思うことは、なぜ裸で自転車に乗っているのかということ。
    子供たちが川で裸になるのはわかりますが、なぜ自転車に?
    しかも着替えらしいものを持っていないし、もしかしたら家が近くで、裸のまま遊びに来たんでしょうか?

    それとも、川で遊んでいる時に忘れ物に気付き(あるいは何かを思いつき)家まで取りに行こうとなったけれども、また服を着るのが面倒だから「ええい!このまま行っちゃえ〜!」ってなったんでしょうか?
    もしそうなら、その無邪気さが微笑ましいですね。(^^)
    このように古いスナップ写真には、情報が少ない故に想像力を掻き立てられる面白さがあります。

    撮影者であるウィリアム・ジェームズはイギリス系のカナダ人。
    1906年、40歳の時にイギリスからカナダに移り住み、トロントの風景とそこに住む人々の生活を30年以上記録し続けました。
    1909年からはカナダ写真家協会の会長も務めています。

    彼は20世紀初頭のカナダの歴史記録において重要な写真家であり、現在彼の6千点もの写真コレクションはトロントの市庁舎である「The City of Toronto Archives」が所蔵しています。
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    フランク・ブラングィンの写真作品

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    brangwyn_03.jpg brangwyn_04.jpg

    ベルギー出身のイギリスの芸術家、フランク・ブラングィン(1867-1956)が撮影した百数十年前の写真作品。

    ブラングィンは写真家ではなく芸術家です。
    その作品は幅広く、油絵、水彩画、デッサン、版画、彫刻、イラスト、家具・食器・カーペット・ステンドグラス等のデザイン、建物や内装の設計などにも及びました。
    東京、上野の国立西洋美術館の中核となった松方コレクションの形成に深く関わった人物としても知られています。(実業家、松方幸次郎氏の友人であり美術コレクションのアドバイザーでした)

    この写真をよく見ると、プリントの表面に定規で引いたと思われるマス目が描かれています。
    このことから、これらの写真は作品として作られたものではなく、絵画を描くときの模写、もしくは彫刻の参考として撮影されたものだと推測できます。

    モデルは雇ったのか身内で済ませたのか定かではありませんが、イーゼル等の道具が無造作に置かれているので、おそらく工房で撮影したのでしょう。
    このような写真が残っているのは珍しいですね。

    作者のブラングィンは1867年にベルギーのブルッヘで生まれ、7歳の頃に一家でイギリスに移り住みました。
    彼は多少美術をかじった経験はあったものの、正規の美術教育を受けたことはなく、ほとんどを独学で学んだそうです。
    17歳の頃に作品のひとつがロイヤル・アカデミー夏季展で認められ、芸術家を強く志すようになりました。

    彼は船の甲板員として働きながらイスタンブールや黒海を旅し、多くの絵画やスケッチを描きました。
    1895年にパリの美術商からアール・ヌーヴォーの外観装飾の制作を依頼され、その頃から壁画やタペストリー、カーペット、ステンドグラスのデザインも手掛けるようになりました。
    本国イギリスでのブラングィンに対する評価は微妙でしたが、ヨーロッパやアメリカではデザイン性が高く評価され、優れた芸術家として認められるようになったそうです。

    1900年から1937年までロンドン西部のハマースミス地区に住んでいましたが、子宝には恵まれず、1924年に妻が他界。
    1941年に国から騎士の称号を授与され、1956年6月11日にサセックス州の自宅で亡くなりました。
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    健康診断

    Japanese mandated physical exam of school age children - 1922

    非常に珍しい写真です。
    1922年(大正11年)の日本。
    当時、小学校就学前の子供たちに義務付けられていた健康診断の様子です。

    場所は町の診療所でしょうか?
    なんかほのぼのしてますね。


    Worcester Boys' Club physical exam - 1922

    そしてこれも同じ頃、1922年のアメリカ。
    マサチューセッツ州ウースターでおこなわれた子供たちへの健康診断の様子です。
    お医者さんも立ち上がって忙しそう。


    健康診断や身体測定は、今はどうなっているのかわかりませんが、私が子供の頃は小学生はパンツ1枚、中学生は体育着でおこなっていました。
    でも戦前はこのようなエンジェルスタイルが当たり前でした。

    学校での健康診断には子供たちの身体的異常をいち早く見つけるという目的もあるわけですが、昔のほうが早期発見に役立っていたかもしれませんね。


    Japanese mandated physical exam of school age children - 1922(写真1枚目)
    Worcester Boys' Club physical exam - 1922(写真2枚目)
    Copyright : George Lane
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
    (Flickrのシェア機能を使って紹介しています)
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    アンノウン

    ネットを辿りながら絵画や彫刻を鑑賞していると、たまにUnknown Artist、つまり作者不詳の作品を目にします。
    私が知らないということではなくて、作者不詳として紹介されている作品。

    あまりに古い作品だと作者名が記録されていなかったり、あるいは作者は無名なのに作品だけが有名になりひとり歩きしていたり、そういうことが多々あります。
    でもそんな中にこそ思わず目を引く作品があったりするんですよね。


    unknownartist_fundoshiboy.jpg

    たとえばこれは作者不詳、詳細不明の「絵画」のひとつ。
    最初に見たとき、珍しいなぁって思いました。

    何故って、西洋絵画なのにモデルが日本のような褌を締めているからです。
    そりゃあ海外にも白フンはあるでしょうが、こういう肖像画では珍しいんじゃないでしょうか。


    unknownartist_matera.jpg

    これは作者不詳、詳細不明の「彫像」のひとつ。
    ヘビを捕まえている少年の像ですが、なんだか妙にゴツゴツした、石なのかコーティングなのかよくわからない質感。
    なんでヘビだけメタリックなんでしょう?

    イタリアのマテーラという都市にあるということ以外、詳細がまったくわかりませんでした。


    unknownartist_sunrise.jpg

    最後は作者不詳、詳細不明の「写真」のひとつ。
    パッと見は1900年頃の作品に見えますが、何もかもまったく不明です。

    格好はインディアン(ネイティブアメリカン)ぽいですね。
    どこか演出っぽさを感じさせますが、儀式のようなポーズが神々しさを醸しています。
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    子供と壺

    fredhollandday.jpg

    アメリカの写真家、フレッド・ホランド・デイ(1864-1933)による1896年の作品。

    少年が川沿いで腰を下ろし、そばに壺がおいてあるという写真。
    絵画的な演出を感じさせますが、ちょっとシンプル過ぎる気もしますね。
    とはいえ120年も前の写真ですから、アートとしても資料としても貴重であることは確かです。

    作者のデイは1864年、アメリカのボストンで生まれました。
    彼は写真家となってからも、多くの時間をボストンの貧しい移民の子供たちと共に過ごしたそうです。

    デイは写真撮影を美術と捉え、それを主張した最初のアメリカ人写真家でした。
    しかし19世紀から20世紀の変わり目に偉大なライバル(近代写真の父と呼ばれたアルフレッド・スティーグリッツ)が出現したことで、彼の手法やスタイルは時代遅れと言われるようになり、次第に影響力を失っていきました。

    彼の写真プリントと2千枚ものネガフィルムは、1904年に火災によって失われてしまったそうです。
    かろうじて残った数百枚の写真は、1930年代に王立写真協会に送られました。

    特筆するほどの作品ではありませんが、私がこの写真を選んだ理由は、子供と壺という組み合わせが気に入ったからです。
    私は昔から常々、壺を子供の比喩として使ってきました。

    壺はその昔「美術的価値」と「需要的価値」の両方を備え、人間の生活になくてはならないものでした。
    壺のシンプルな形に美しさを見出した人は、その姿に感動さえ覚えます。
    しかもただ飾っておくだけの美術品とは違い、壺は人の役に立つことができます。

    壺好きは決して壺を傷付けるようなことはしないし、それは他人の壺に対しても同じ。
    偽の壺好きは、壺を見ると自分のために利用することを考え、壺のためにならぬこともします。
    真の壺好きは、壺を見るとその価値と保護を考えます。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:FredHollandDay12.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン
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    いらっしゃいませ

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    RUKA

    Author:RUKA


    当ブログは子供を表現した世界の絵画、彫像、写真作品をご紹介しています。
    天使に見立てているので必然的に裸の作品が多くなりますが、すべてアートまたは家庭での成長記録に限定しています。

    子供は本来この世界における夢であり希望であり、その姿は大人にとってノスタルジーや心の潤い、癒しの対象でもあります。

    古くから子供の姿は愛すべきものとして認識され、絵画や彫像、写真等で様々に表現されてきました。天使のイメージもそのひとつです。
    そして各家庭でも、我が子への愛情ある記録(写真撮影)が数多くなされています。

    当ブログではそれら子供や天使をテーマにしたアート作品と、写真共有サイトFlickrで一般公開されている子供写真をご紹介しています。(できるだけ天使の姿に近いものを選んでいます)

    ふと訪れては日々の疲れを癒す天使の園・・・そんな憩いの場としてお使いいただければ幸いです。コメントも気軽にどうぞ。

    画像の著作者は私を含め様々ですが、著作権的に問題のない方法で掲載しています。
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    Flickrは米Yahoo!が運営する写真共有コミュニティサイトです。
    当ブログはFlickrにて一般公開されている写真から、シェアが可能なもの(SNSやブログでの表示が許可されているもの)を選んでご紹介しています。
    Flickrの写真に関するご質問はFlickrまたは写真の著作者にお問い合わせください。

    説明記事
    著者について...
    名前:RUKA (Rukachas)
    国籍:日本
    都道府県:埼玉(生まれは宮城)
    性別:男性
    年齢:あっという間の半世紀
    インターネット歴:20年

    20代の頃に仕事で幼稚園に足を運んだのを機に、街で子供の笑顔写真を撮り続ける。
    1999年に「The Light of Smile 笑顔の灯り」という子供の笑顔をテーマにしたサイトを開設。
    サイト終了後はこのブログで世界の天使像や世界の子供写真を紹介している。
    6人の甥と姪の伯父さんでもある。

    ruka_rukachas@ybb.ne.jp
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