キャロルの愛したアリス・リデル

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    ご存じですか?と聞くのもおかしなほどに有名な童話「不思議の国のアリス」
    数学者でオックスフォード大学の教授でもあるチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン(1832-1898)が、ルイス・キャロルというペンネームで1865年に出版した童話です。

    ウサギを追いかけて野原の穴に入っていった少女アリスが、不思議の国で体験する奇想天外な物語。
    体の大きさが変化する薬とケーキ、カエルや魚の顔をした人たち、荒っぽく皿を割りまくる料理女、ニヤニヤして顔だけになるチェシャ猫、気の変な帽子屋、泣き虫のウミガメ、怒ってすぐに首をはねたがるトランプの女王などなど・・・そのストーリーはナンセンスとユーモアに溢れ、作家キャロルとしての文才と数学者ドジソンとしての緻密な思考力を感じさせます。

    もともとドジソンは歩き方がぎくしゃくしていたり、どもる癖があったために内気な性格で、大学の仲間や生徒たちからは気難しいつまらない人間だと見られていました。
    しかし無類の子供好きだった彼は、普段から知り合いの子供たちの前で人形を動かしたり手品をしたり、お話を聞かせて喜ばせる一面も見せており、その時ばかりはどもりの癖も影をひそめたといいます。

    そんな彼が子供たちの中でもとりわけ強い愛情をそそいだのが、同大学の学園長の次女である10歳の少女でした。
    少女の名はアリス・プレザンス・リデル(1852-1934)。
    そう、不思議の国のアリスという物語は、ドジソンがこの子のために作ったお話だったのです。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Alice Liddel - Beggar Girl.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン

    three_liddell_sisters.jpg

    一番上の写真はドジソンが撮影した6歳のときのアリス・リデル。
    そしてこちらの写真は同じくドジソンが撮影した学園長の三人娘。(1860年)
    左端の子が次女のアリスですね。


    1862年7月4日、テムズ川のほとりで初めてアリスに語られた不思議な物語は、その後ふたりが出会うたびにふくらんでいきました。
    アリスはドジソン先生というさえない独身男の語る物語にワクワクと胸を躍らせたでしょうし、ドジソンはアリスを喜ばせたいとの一心で空想力を大いに働かせたに違いありません。

    この物語はのちにドジソン自身が挿し絵を描いて一冊の本にし、その年のクリスマスにアリスにプレゼントしたのですが、それが知り合いの目にもふれ愛読されるうちに絶賛され、そして後の1865年、ジョン・テニエルという風刺画家の見事な挿し絵を添え、正式に刊行されたというわけです。
    最初の1冊目はアリス自身に、2冊目はビクトリア女王に贈られたそうです。

    john-tenniel_alice.jpg

    物語のセリフとテニエルによる挿し絵が、まさにアリスという少女の印象を世に決定付けました。
    金色の長い髪、エプロンドレス、ちょっと蓮っ葉でおしゃべり、大人びた口調、ちょっとのことでは動じない性格。
    一見しただけでもドジソンが愛したアリス・リデルとはかけ離れたキャラクターのようにも思えます。(実際のアリスは黒髪)
    これはもう一人のアリスを形作ることにより、感情移入しながらもアリス・リデルという少女のイメージを壊したくなかった、そんな気持ちの表れなのかもしれません。

    ドジソンのアリスへの想いはまさに「惚れる」という感覚でしたが、それは滑稽とも思えるほどプラトニックなものでした。
    当のアリスはそんなドジソンの想いなど知る由もなく、時には突き放したりわがままを言ったりしながら、子供ながらにどもりの独身男を振りまわしていました。
    後にドジソンからの求婚をキッパリと断ることからも、この愛は単なる一方通行で終わったようです。

    当時のアリス・リデルの心の内については、年老いた彼女自身が回想するという設定の1985年のイギリス映画「ドリームチャイルド」で見てとれます。

    YouTubeより
    「Dreamchild (1985) - Video Trailer」
    https://youtu.be/o8JvMdfNOrg

    数字の世界に生きながらも少女を空想の世界へといざなったドジソンは、もしかしたら究極のロマンチストだったのかもしれません。
    後生の子供たちに素晴らしい物語を残してくれた彼の言葉として、本の冒頭に次のような序詩が添えられています。(日本語訳)

    『アリス、この子供らしいお話をお受け。そしてやさしい手で置くがいい、子供の夢が思い出の神秘の絆につながっているあの場所に。巡礼がかぶるしおれた花の花かずらが、はるかな国でつつまれたように...』
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    The Pool

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    アメリカの画家、ロバート・リッグス(1896-1970)による1933年の作品「The Pool」

    学校の授業でしょうか?
    たくさんの少年たちがプールに飛びこんだりベンチで日光浴したりとくつろいでいます。
    水着を着ていないのでまるで川遊びのような光景ですが、昔の学校にはこういった全裸のプール授業もあったんでしょうか?
    それとも多少ユーモアを交えた作品なのかな?

    作者のロバート・リッグスは19世紀末にアメリカのイリノイ州の都市、ディケーターで生まれました。
    若い頃は地元のミリキン大学で学んでいましたが、1915年にニューヨークの美術学校「アート・スチューデンツ・リーグ」に移り、卒業後はフィラデルフィアの広告会社に勤務。
    第一次世界大戦中はフランスの赤十字社に勤め、終戦後はアメリカに戻って雑誌のイラストレーターとして働きました。

    彼の作品の多くは1930年代に描かれ、ボクシングやサーカスをテーマとしたものが多いようです。
    1939年に国立デザインアカデミーのメンバーとなり、1961年から1963年まではフィラデルフィアの美術学校で講師を勤めました。

    ニューヨーク・アート・ディレクターズクラブの優秀賞を10年連続で受賞するなど、優れた功績を残したロバート・リッグス。
    彼の作品はニューヨークのメトロポリタン美術館、フィラデルフィア美術館、米国議会図書館の常設コレクションに収蔵されています。

    雑誌のイラストレーターということで、彼の作品は実際の出来事を描いたものなのか想像上のものなのか、見ただけでは判断しにくいですね。
    この作品はどうなんでしょうか?

    ・・・と思って調べてみたら、このような写真が見つかりました。

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    左はアメリカの写真家、エリオット・エリソフォン(1911-1973)の1930年の作品で、右は作者不詳ですが、ドイツのカールスバートで20世紀初頭に撮影された写真です。

    どちらもリッグスの絵との共通点がありますね。
    学校の授業または水泳教室のようであり、水着をつけておらず、そして少年のみであるということ。
    リッグスが描いた「The Pool」は想像上の絵ではなく、当時としてはよくある光景だったんですね。

    現代の子供たちの中には同性の前でも裸になれず、修学旅行で風呂に入ることをためらう子もいるそうです。
    でももしそれが自分の体を恥じているためだとしたら悲しいですね。

    いつの時代の子供たちも、人間に生まれたことを誇りとし、自分の姿に自信を持ってほしいと思います。
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    L'acquaiolo

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    イタリアの芸術家、ヴィンチェンツォ・ジェミート(1852-1929)による1881年の作品「L'acquaiolo」
    水瓶(みずがめ)を持った少年が小さな壺を前に差し出している、そんなブロンズ像。

    タイトルの「L'acquaiolo」とは、簡単に言えば「水売り」です。
    かつて存在した商売で、露店を出して通行人に水を売っていた人たちのこと。

    家の商売に駆り出されたのか、それとも子供だけで小遣い稼ぎでもやっているのか、いずれにしてもこんな少年に「美味しい水だよ、飲んでかない?」ってニコニコ笑顔で言われたら、思わず手にとって飲んじゃいますよね。
    ぼったくりだったらどうしよう。σ^_^;

    上の写真はイタリアの国立近代美術館にある実物ですが、レプリカもいくつか作られており、このような像もありました。

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    vincenzo_gemito_acquaiolo04.jpg vincenzo_gemito_acquaiolo05.jpg

    オリジナルにそっくりなものもあれば、ブロンズの腐食の色合いを出しているものもあります。
    さらにメッキなのか塗装なのか、金色や銀色をしているものもありました。
    ボディがゴールドやシルバーだと、なんだかロボットみたいですね。


    作者のヴィンチェンツォ・ジェミートは1852年にイタリアのナポリで生まれました。
    しかし貧しい家庭だったため、母親は出産の翌日、彼を孤児院へ置いてきてしまいます。
    2週間後、彼は子供を失ったばかりの若い夫婦に養子としてもらわれていきました。

    職人である父親の仕事を手伝いながら育ったジェミートは、持ち前の手先の器用さもあり、10歳にして芸術家エマニュエル・カギアーノ(1837-1905)の弟子となります。
    12歳でナポリ美術学校に入学し、夜間はドメニコ・マッジョーレ・アカデミーにも通っていました。

    わずか16歳のときの作品「The Player」はナポリで展示されるや大絶賛を浴びます。
    当時のイタリア国王、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世はその作品を大変気に入り、購入してカポディモンテ博物館に寄贈したそうです。
    まさにイタリア美術界の神童ともいえる若者でした。

    1877年にはパリに渡り、サロンやギャラリーで様々な作品を発表。
    フランスの人々からも高い評価を得ていましたが、結婚後に妻が若くして亡くなると、彼は生まれ故郷のナポリに戻ります。
    その後再婚しますが、晩年は精神的な病に苦しみ、長期にわたり病院で過ごしたそうです。

    類い稀なる才能を持ち、人々から絶賛されていた天才芸術家でしたが、その生い立ちと晩年は決して明るいものではなかったんですね。


    さて、最初にヴィンチェンツォ・ジェミートを「彫刻家」と言わず「芸術家」と言ったのには訳があります。
    彼は彫刻だけでなく絵も描いていました。つまり画家でもありました。
    緻密な人物デッサンを数多く残しており、彫像の造形とも合わせて、リアルさへのあくなき探究心を感じさせます。

    giovinetto_con_arco.jpg studio_per_giovanetto_con_arco.jpg

    これは彼が描いたデッサン画で、1908年の作品「Giovinetto con arco」
    弓を引く男の子の絵ですが、翼を描いていないところを見るとキューピッドではないようですね。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Gemito, Vincenzo (1852-1929) - Giovinetto con arco -1908-09-.jpg
    File:Gemito, Vincenzo (1852-1929) - Studio per giovanetto con arco -1908-09-.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン

    この作品、じつはそっくりな写真が存在します。

    giovinetto_con_arco_photo.jpg

    詳細は不明ですが、おそらく絵の制作のために撮影したものでしょう。
    場所は自宅の工房でしょうか? 壁にはダビデ像の写真も飾られています。

    まさにイタリアが誇る偉大な芸術家。
    この子も立派なモデル君。
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    エドワード・マイブリッジの学術写真

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    イギリス出身のアメリカの写真家、エドワード・マイブリッジ(1830-1904)による1884年の・・・これは作品と言って良いのでしょうか、学術的な記録写真です。

    人間の動きの形態を記録するために連続撮影したもので、二人の少年がモデルとなっています。
    顔も体形もよく似ているのでおそらく双子だと思いますが、発育を見るかぎり14歳くらいでしょうか。

    作者のマイブリッジはイギリスで生まれて二十歳でアメリカに移住した、写真研究の先駆的な写真家です。
    主に動物の走る様子を連続撮影した写真家として知られており、この少年たちの写真は「馬跳び」「歩き」「走り」の3種類が存在しています。

    muybridge_two_nude_boys_walking.jpg muybridge_two_nude_boys_running.jpg

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    Category:Nude boy jumping over a boy's back
    Category:Two nude boys walking
    Category:Two nude boys running
    ライセンス:パブリックドメイン


    ひと言で連続撮影とは言っても、当時は写真を連続で撮影するのは非常に困難であり、ましてや秒数コマの連写などは到底無理な時代でした。
    しかしマイブリッジは5年の歳月と5,000ドルを費やし、それを可能にします。

    きっかけは1872年、元カリフォルニア州知事のリーランド・スタンフォードからの撮影依頼でした。

    「馬は走っているとき、4本の脚すべてが地面を離れる瞬間があるのか?ないのか?」
    元知事はこのことで友人と賭けをしており(元知事はあると主張していました)それを証明するためにマイブリッジに写真による判定を依頼したのでした。

    しかし高速で移動する馬の一瞬を捉えるには、大口径のレンズと高感度の感光材料が必要です。
    当時は露光に数秒間かかるのが当たり前でしたので、まずは感光材料の開発が大前提。

    彼は独自に研究をおこない高感度の感光材を開発し、電気技師のジョン・アイザクスとも協力して専用の写真装置を製作します。
    そして1877年、彼は走る馬の一瞬を捉えたみごとな写真を発表しました。
    この写真により、この議論は「ある」という結論で終止符が打たれたのでした。

    翌年の1878年にはこの装置を12台並べ、疾走する馬の連続撮影にも成功します。
    それまで主流だったゴムやスプリングのシャッターを電気式のものに改良することで、なんと1/1000秒〜1/6000秒もの高速シャッターが得られたそうです。

    これらの写真はゾエトロープと呼ばれる「回転のぞき絵」の装置と組み合わせることで動く映像として楽しむことができ、人々から喝采を浴びました。
    発明王トーマス・エジソンはこれに大いに触発され、のちに撮影機「キネトグラフ」と再生機「キネトスコープ」を発明しています。

    これがその後、映像をスクリーンに投影することができる「シネマトグラフ」の発明につながり、この世に「映画」が誕生したというわけです。

    muybridge_jumping_boy.jpg

    この写真は同じくエドワード・マイブリッジによるもので、連続のショットを一枚の写真に感光させたものです。
    運動力学ではお馴染みの写真ですね。


    今でこそ誰でも簡単に連写や動画撮影を楽しめる時代になりましたが、カメラが登場して間もない頃は、物の動きを記録・分析することは大変な労力が必要でした。
    しかしマイブリッジの功績によりそれが可能になると、様々な分野の研究にも拍車がかかりました。

    その最たるものが映画でしたが、それ以外にも上の写真のような運動力学や医学への応用であったり、また美術の世界でも動物の走る姿を正確に描画できるようになりました。

    彼の作品を収録した本は日本の書店でも購入できます。
    アニメーターが作画の参考にすることもあるそうですよ。


    【訂正】
    上の記事で、最後の写真を「同じくエドワード・マイブリッジによる...」とご紹介しましたが、すみません間違っておりました。
    最後の写真はアメリカの写真家、トマス・エイキンズ(1844-1916)によるものでした。
    訂正いたします。
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    Trois jeunes filles à la pêche

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    フランスの写真家、S.レクナゲルによる1880年の作品「Trois jeunes filles à la pêche」

    女の子が3人並んでいて、先っぽに糸を付けた棒を持っているという写真。
    タイトルは「釣りをする3人の女の子」という意味ですが、スタジオでの演出でしょうね。

    たまたま置いてあった小道具を持たせたのか、それとも雲の上で釣りをする天使というイメージがあったのか、いずれにしてもセピアの色調と相まって、140年前の写真というだけで感慨深いものがあります。

    作者については詳細が全く不明で人物像がハッキリしませんでした。
    しかし19世紀にモデルを使ってスタジオ撮りするくらいですから、そこそこ著名な写真家だったのでしょう。

    同じような子を3人並べたことで面白い画作りにはなっていますね。
    ちょっとうつむき加減なのが残念ですが、アンティークなポストカードとして見るとデザイン的には悪くないんじゃないでしょうか。
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    ヴィルヘルム・フォン・プリュショーの写真作品

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    ドイツの写真家、ヴィルヘルム・フォン・プリュショー(1852-1930)による1890年頃の写真作品。

    王様の前でひざまずく少年・・・というか、全員少年ですね。
    コスチュームや装飾、ポーズなどに古代ローマを思わせる演出が成されていますが、どことなく文化祭的な雰囲気でもあります。

    こんな演出の写真をどこかで見たことがあるような・・・?
    それもそのはず、作者のプリュショーは以前紹介したヴィルヘルム・フォン・グレーデンの従兄弟(いとこ)なのです。(該当記事)
    作風がグレーデンと非常に似通っているため、しばしばグレーデンの作品と混同されることがあるそうです。

    pluschow_timbrato.jpg pluschow_1637.jpg
    File:Plüschow, Wilhelm von (1852-1930) - n. 2445 timbrato.jpg
    File:Plüschow, Wilhelm von (1852-1930) - n. 1637.jpg

    プリュショーはグレーデンと同じく、森林監督官を務める父親のもとに7人兄弟の長男として生まれました。
    父親は同国の君主シュヴェリーン大公の長男の庶子(妾の子)で、大公の甥であるフリードリヒ・フランツ2世の宮廷に使える官僚でした。

    そのような家柄に生まれていながら何故?と思ってしまいますが、プリュショーは1870年頃に名前をヴィルヘルムからグリエルモに変え、イタリアのローマに渡ってワインの販売業で生計を立てていました。
    しかしその後突然プロのヌード写真家に転身し、ナポリへと移り住んで数々の作品を発表します。

    「グリエルモ・プリュショー」の名で発表した作品はグレーデンと同じく古代ギリシア・ローマをイメージさせるものでした。
    しかしグレーデンほどの写真技術を修得してはいなかったのか、たんにモデルを配置して撮っただけの作品が多いようです。

    pluschow_innocence.jpg stratz_pluschow_dkdk.jpg
    File:Plüschow, Wilhelm von (1852-1930) - Innocence.jpg
    File:Stratz - Körper des Kindes 04.jpg

    プリュショーは当時も今も、グレーデンほどの高評価はされていません。
    理由は、モデルのポーズや構図、照明の扱い等がグレーデンのそれよりも見劣りがするというのがひとつ。
    もうひとつは、彼には逮捕歴があるからです。
    1902年に未成年のモデルと関係を持った罪により8ヶ月間の投獄生活を送っています。

    しかし人間の姿を学術的に記録するという意味においては貴重な存在だったようで、ドイツの産婦人科医、カール・ハインリヒ・シュトラッツ(1858-1924)が出版したいくつかの書籍においては、プリュショーの写真が資料として使われています。(該当記事)

    また、モデルのひとりであったヴィンチェンツォ・ガルディという少年は、後にプリュショーの意志を継ぐかのように写真家となり、プリュショーの作品の所有者となったそうです。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    Catalogue of Wilhelm von Plüschow's pictures
    ライセンス:パブリックドメイン
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    ヴィルヘルム・フォン・グレーデン男爵の写真作品

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    ドイツの写真家、ヴィルヘルム・フォン・グレーデン男爵(1856-1931)による1900年頃の写真作品。
    舞台はイタリアのシチリア島です。

    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0154 - da - Amore e arte, p. 78.jpg

    この島の住民は裸で生活していたの? いいえ、そんなわけはありません。
    これらは古代ギリシア・ローマをイメージした演出をほどこした作品です。
    この頃は写真を使ったポストカード(絵葉書)が全盛の頃でもあったので、いくつかはポストカードとして売られていたものかもしれません。

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    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 2252 - Bacchino.jpg
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 2067 - da - The boys of Taormina, p. 31.jpg

    作者のグレーデンは「男爵」という爵位が付いていることからわかるように貴族の出身です。
    かつて北ドイツに存在した公国、メクレンブルク=シュヴェリーンに森林監督官として仕える下級貴族出身の官僚の息子として生まれました。

    彼は10代の頃にドイツの都市ロストックで芸術史を学んだ後、1876年から2年間ワイマール・サクソン・グランデュカル美術学校で勉学に励みました。
    しかしその後不幸にも肺結核を患い、療養のためバルト海のリゾートにある療養所に移り住みます。

    彼は健康のためにと、1877年にイタリアへと旅立ちました。
    いくつかの地に滞在したのち、やがてシチリアの都市タオルミーナに落ち着きます。
    第一次世界大戦中に3年間、外国人としての抑留を避けるためにシチリアを離れることを余儀なくされましたが、それ以外は亡くなるまでずっとタオルミーナに住み続けたそうです。

    彼の作品の大部分は1890年から1910年にかけてタオルミーナで撮影されたもので、1893年にイギリスで出版された書籍により広く知られることとなります。
    彼はタオルミーナに初めての写真スタジオを設立し、1897年のカイロを初め、1898年にベルリン、1902年にフィラデルフィア、その後もブダペスト、ニース、ローマ等、各国で展覧会を開きました。

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    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0253 - 1902-05 - Ragazzo con tenia - Twelvetrees p. 48.jpg
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0113 - da - Auch ich in Arkadien, p. 138.jpg

    グレーデンの作品の多くは10歳から二十歳の男性をモデルにしており、古代ギリシアやローマをイメージして作られています。(女性モデルの場合もあります)
    花輪やアンフォラなどの小道具を巧みに使った、イタリアの絵画や彫刻を思わせる牧歌的な作品が特徴です。
    1933年に警察によってネガが押収されたこともありましたが、彼の作品にはポルノは一切含まれていなかったそうです。

    優美な構図とフィルターや照明の使い方、モデルにほどこしたボディメイクアップ技術などが注目され、近年になって再評価されている写真家のひとりです。
    また彼はイタリアの観光普及に貢献した風景写真の作者としても、そして1908年に起きたメッシーナ地震の被害を記録した写真家としても知られています。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    Catalogue of Wilhelm von Gloeden's pictures
    ライセンス:パブリックドメイン
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    美術モデルの子供たち

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    以前、有名な画家がアカデミー時代に描いたデッサン画をいくつかご紹介しましたが(該当記事)、有名無名を問わず当時の生徒の作品は今でも残っていたり、書籍で紹介されていることもあります。

    絵画、とくに人物画家を目指す生徒にとってヌードデッサンは基礎中の基礎であり、技術習得のための大切な授業である、というのは以前お話ししたとおりですが、そのことで決して忘れてはならないのは、モデルとなってくれる人の存在です。

    美術学校や絵画教室等で人物のデッサンをおこなう場合、専用のモデルを雇ったり、ときには生徒自身がおこなうこともありますが、人体の視覚的特徴をつかむという美術的技法の習得には、モデルの協力は必要不可欠です。

    ルーブル美術館の入館案内書の記述によると、絵や彫刻の美術モデルは紀元前からその存在が確認されており、モデルと名のつくものの中では最古の存在だとの説もあるそうです。


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    File:École des beaux-arts (from the live).jpg
    ライセンス:パブリックドメイン

    この写真はフランスのパリにある国立高等美術学校「エコール・デ・ボザール」での授業の様子。
    19世紀に撮影された写真です。
    真ん中に男性モデルが立っていますね。


    bashkirtseff.jpg
    File:Bashkirtseff - In the Studio.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン

    そしてこちらは同じくフランスのパリにかつて存在していた美術学校「アカデミー・ジュリアン」での授業の様子。
    ウクライナの女性画家、マリ・バシュキルツェフによる1881年の作品です。

    エコール・デ・ボザールが女人禁制であったのに対してアカデミー・ジュリアンは女性の生徒も多く、このように子供をモデルにして授業をおこなうこともあったようです。
    生徒の中には自分の子をモデルに絵を描いていた母親もいたかもしれませんね。


    ではここで19世紀のアカデミーの生徒たちが描いた、子供モデルの絵を見てみましょう。
    要するに画家たちが学生の頃に描いた絵ということになりますが、中には授業で描いたとは思えないほど立派な作品もあります。


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    1890年から1900年頃にかけて描かれたデッサン画。
    モデルの子もずっと手を持ち上げているポーズは大変でしょうね。


    unknown_1900.jpg unknown_1840-1865.jpg

    左は1900年、右は1840年から1865年にかけて描かれたと思われるデッサン画。
    左は練習作といった感じですが、右はかなり丁寧な作品です。


    unknown_1890.jpg unknown_1840.jpg

    どちらも油彩画で、左は1890年頃、右は1840年頃の作品。
    座っているポーズなら少しは楽かな?


    unknown_19th_1.jpg unknown_19th_2.jpg

    これ、どちらも同じモデルに見えませんか?
    もしかしたら同じ授業で描かれたものかもしれませんね。19世紀の作品です。


    unknown_01.jpg unknown_02.jpg

    この二つは制作年不明。
    このまま額に入れて飾っても様になるほどシッカリしたデッサンですね。

    モデルになる子は思春期前の男の子が多かったようです。
    裸になることに抵抗がないというのも理由でしょうが、女の子よりも筋肉質で凸凹が多く、形体や明暗など対象の視覚的特徴をつかむというデッサンの授業には最適だったのでしょう。

    アカデミーの生徒たちに中には、その後世界的な画家となった人もいます。
    その足跡の一端を担ったモデルの子供たちも、こうして貴重な資料として残っているわけですから、立派な貢献だと言わざるを得ません。

    現代の日本では、美術や医学などの真面目な用途であっても、子供のモデルを使うことは非常に難しくなっています。
    そこには原因として、子供の裸を性的興奮材料として見てしまう一部の人に対する、懸念や不安があるからでしょう。

    しかし子供に限らず「人の姿は美しいもの、素晴らしいもの、大切なもの」という認識を広めるには、各アーティストの活躍や美術館による市民への関わり、幼い頃からの美術教育などが大切なのだと思います。
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    尻知る見知る

    「子供は可愛い」この言葉に異論がある人は少ないでしょう。
    そして「子供の後ろ姿は可愛い」この言葉に異論がある人も少ないと思います。

    昔からテレビ等でもコパトーンの広告はお尻が見えていたし、森永のエンゼルはこちらにお尻を向けていたし、紙オムツのCMには赤ちゃんのお尻が登場していたし、お尻を出した子一等賞だったわけです。

    現代でも各地の祭りや相撲大会にて子供たちの元気な褌姿が披露されていますが、いつの時代もキューピッドの如く、子供たちのお尻は微笑ましさの象徴です。

    今回は古いヴィンテージ写真から、子供たちの後ろ姿が写っているものをご紹介します。
    ほとんどが作者不詳。

    nude_boys_1900.jpg
    Nude Boy
    1900年


    boy_fishing.jpg
    File:Boy fishing near Căpriana monastery (80-ies). (5838092781).jpg
    撮影年不明
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


    boys_bathing_in_the_park.jpg
    Boys bathing in the park
    撮影年不明


    korper_des_kindes.jpg
    File:Stratz - Körper des Kindes 10.jpg
    1909年
    ライセンス:パブリックドメイン


    gloeden_la_terrazza_di_taormina.jpg
    File:Gloeden, Wilhelm von (1856-1931) - n. 0074 - 1904 - La terrazza di Taormina - f bn sc Puig p. 40.jpg
    1890年代
    ライセンス:パブリックドメイン


    young_boy_finds.jpg
    untitled
    1969年


    young_boy_climbing_1860.jpg
    Young Boy, Nude, From the Back, Climbing
    1860年/ニューヨーク・メトロポリタン美術館所蔵



    Five nude young boys kneel on a brick wall
    1945年
    Copyright : Jack Benton



    Boys wearing traditional loincloth and waistband practise a sumo hold in Japan.
    1957年
    Copyright : Keystone Features


    自分の後ろ姿は鏡にでも映さない限り見ることはできません。
    だから他人のお尻を見て自分のお尻を知ることになります。

    人の尻見て我が尻なおせ。
    尻を笑う者は尻に泣く。

    とかくオフザケ的な感覚で見られがちな部位ですが、お尻や骨盤は脊柱と脚を支える大切な土台であり、女性に関しては命を育む器でもあります。

    みなさん自分のお尻を大切にしましょう。(`・ω・´)


    画像出典
    ウィキメディア・コモンズ
    Getty Images
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    HS Johanneskyrkan Tammerfors

    simberg_photo01.jpg

    フィンランドの画家、ヒューゴ・シンベリ(1873-1917)が1905年に撮影した写真。

    「HS Johanneskyrkan Tammerfors」というタイトルが付けられていますが、HSは作者のイニシャルで、Johanneskyrkan Tammerforsとは「タンペレの聖ヨハネ教会」という意味です。(タンペレはフィンランドのピルカンマー県の都市)

    画家がなぜ写真を?と思ってしまいますが、これは絵画を制作するときの最初のデッサン画のために撮影されたものです。
    最終的な絵画作品は、タンペレにある「聖ヨハネ教会」の大聖堂の壁面を飾っています。

    tampere_kathedrale.jpg
    File:2003-03-29 Tampere Kathedrale Gemälde an Galerie.jpg
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

    作者のヒューゴ・シンベリはフィンランドを代表する象徴主義画家のひとり。
    1891年から美術学校で絵を学び、1895年からアクセリ・ガッレン=カッレラの個人的な弟子となりました。

    彼の作品には陰鬱な雰囲気のものが少なくありませんが、ある種のペーソスを含む独自の美しさを醸しており、1900年代初頭のヨーロッパにおける新しい芸術の実践者でもあります。


    1903年、建築家のラルス・ソンクの手により、聖ヨハネ教会の大聖堂の建築工事が始まりました。
    教会側は内装にアールヌーヴォーの作風を希望しており、独自の芸術スタイルを持つヒューゴ・シンベリに依頼。
    シンベリは1905年から1906年にかけ、教会の屋根とステンドグラスに「傷ついた天使」と「死の庭」と題された2つの作品を掲げました。

    そして大聖堂のフレスコ画の中心的なモチーフとなった「花輪を持つ少年」の制作では、シンベリは息子をモデルに写真を撮り、スケッチを描きました。
    以下の画像は、彼が撮影した写真と、それを元に描かれた絵画です。

    simberg_photo02.jpg simberg_painting02.jpg

    simberg_photo03.jpg simberg_painting03.jpg

    simberg_photo04.jpg simberg_painting04.jpg
    Category:Hugo Simberg
    Copyright : Finnish National Gallery
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

    tampereen_tuomiokirkko.jpg
    File:Tampereen tuomiokirkko 3.JPG
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

    これらの絵画は大聖堂の壁面にこのようにディスプレイされています。
    通常教会の壁画といえば聖人や神、天使を描いたものが主流ですが、このように思春期の少年をモチーフとしたものは珍しいですね。

    44歳という若さで亡くなったフィンランドの画家、ヒューゴ・シンベリ。
    現在彼は首都ヘルシンキの墓地で静かに眠っています。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    ライセンス:パブリックドメイン
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    Author:RUKA


    当ブログは子供を表現した世界の絵画、彫像、写真作品をご紹介しています。
    天使に見立てているので必然的に裸の作品が多くなりますが、すべてアートまたは家庭的な生活記録に限定しています。

    子供は本来この世界における夢であり希望であり、その姿は大人にとってノスタルジーや心の潤い、癒しの対象でもあります。

    古くから子供の姿は愛すべきものとして認識され、絵画や彫像、写真等で様々に表現されてきました。天使のイメージもそのひとつです。
    そして各家庭でも、我が子への愛情ある記録(写真撮影)が数多くなされています。

    当ブログではそれら子供や天使をテーマにしたアート作品と、写真共有サイトFlickrで一般公開されている子供写真をご紹介しています。(できるだけ天使の姿に近いものを選んでいます)

    ふと訪れては日々の疲れを癒す天使の園・・・そんな憩いの場としてお使いいただければ幸いです。

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    著者について...
    名前:RUKA (Rukachas)
    国籍:日本
    都道府県:埼玉(生まれは宮城)
    性別:男性
    年齢:あっという間の半世紀
    インターネット歴:20年

    20代の頃に仕事で幼稚園に足を運んだのを機に、街で子供の笑顔写真を撮り続ける。
    1999年に「The Light of Smile 笑顔の灯り」という子供の笑顔をテーマにしたサイトを開設。
    サイト終了後はこのブログで世界の天使像や世界の子供写真を紹介している。
    6人の甥と姪の伯父さんでもある。

    ruka_rukachas@ybb.ne.jp
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