L'acquaiolo

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    イタリアの芸術家、ヴィンチェンツォ・ジェミート(1852-1929)による1881年の作品「L'acquaiolo」
    水瓶(みずがめ)を持った少年が小さな壺を前に差し出している、そんなブロンズ像。

    タイトルの「L'acquaiolo」とは、簡単に言えば「水売り」です。
    かつて存在した商売で、露店を出して通行人に水を売っていた人たちのこと。

    家の商売に駆り出されたのか、それとも子供だけで小遣い稼ぎでもやっているのか、いずれにしてもこんな少年に「美味しい水だよ、飲んでかない?」ってニコニコ笑顔で言われたら、思わず手にとって飲んじゃいますよね。
    ぼったくりだったらどうしよう。σ^_^;

    上の写真はイタリアの国立近代美術館にある実物ですが、レプリカもいくつか作られており、このような像もありました。

    vincenzo_gemito_acquaiolo02.jpg vincenzo_gemito_acquaiolo03.jpg
    vincenzo_gemito_acquaiolo04.jpg vincenzo_gemito_acquaiolo05.jpg

    オリジナルにそっくりなものもあれば、ブロンズの腐食の色合いを出しているものもあります。
    さらにメッキなのか塗装なのか、金色や銀色をしているものもありました。
    ボディがゴールドやシルバーだと、なんだかロボットみたいですね。


    作者のヴィンチェンツォ・ジェミートは1852年にイタリアのナポリで生まれました。
    しかし貧しい家庭だったため、母親は出産の翌日、彼を孤児院へ置いてきてしまいます。
    2週間後、彼は子供を失ったばかりの若い夫婦に養子としてもらわれていきました。

    職人である父親の仕事を手伝いながら育ったジェミートは、持ち前の手先の器用さもあり、10歳にして芸術家エマニュエル・カギアーノ(1837-1905)の弟子となります。
    12歳でナポリ美術学校に入学し、夜間はドメニコ・マッジョーレ・アカデミーにも通っていました。

    わずか16歳のときの作品「The Player」はナポリで展示されるや大絶賛を浴びます。
    当時のイタリア国王、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世はその作品を大変気に入り、購入してカポディモンテ博物館に寄贈したそうです。
    まさにイタリア美術界の神童ともいえる若者でした。

    1877年にはパリに渡り、サロンやギャラリーで様々な作品を発表。
    フランスの人々からも高い評価を得ていましたが、結婚後に妻が若くして亡くなると、彼は生まれ故郷のナポリに戻ります。
    その後再婚しますが、晩年は精神的な病に苦しみ、長期にわたり病院で過ごしたそうです。

    類い稀なる才能を持ち、人々から絶賛されていた天才芸術家でしたが、その生い立ちと晩年は決して明るいものではなかったんですね。


    さて、最初にヴィンチェンツォ・ジェミートを「彫刻家」と言わず「芸術家」と言ったのには訳があります。
    彼は彫刻だけでなく絵も描いていました。つまり画家でもありました。
    緻密な人物デッサンを数多く残しており、彫像の造形とも合わせて、リアルさへのあくなき探究心を感じさせます。

    giovinetto_con_arco.jpg studio_per_giovanetto_con_arco.jpg

    これは彼が描いたデッサン画で、1908年の作品「Giovinetto con arco」
    弓を引く男の子の絵ですが、翼を描いていないところを見るとキューピッドではないようですね。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Gemito, Vincenzo (1852-1929) - Giovinetto con arco -1908-09-.jpg
    File:Gemito, Vincenzo (1852-1929) - Studio per giovanetto con arco -1908-09-.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン

    この作品、じつはそっくりな写真が存在します。

    giovinetto_con_arco_photo.jpg

    詳細は不明ですが、おそらく絵の制作のために撮影したものでしょう。
    場所は自宅の工房でしょうか? 壁にはダビデ像の写真も飾られています。

    まさにイタリアが誇る偉大な芸術家。
    この子も立派なモデル君。
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    美術アカデミーでのデッサン画

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    各国の画家たちによる美術アカデミー時代のデッサン画。
    つまり授業で描いた単色の素描作品ですが、有名な画家のものであれば今も関係機関でしっかりと保存されています。

    彩画はもちろんですが、このようなペン1本によるデッサン画も見応えがありますね。
    とくに授業ならたいていモデルがいるわけですから、モデルと画家との相互作用とでも言いますか、人物デッサンならではの空気感が魅力です。

    画家たちのアカデミー時代のデッサン画をいくつかピックアップしてみました。
    今回は余計な説明や感想は書かず、素直に鑑賞したいと思います。

    上の画像はデンマークの画家、ヴィルヘルム・ハンマースホイ(1864-1916)による1883年の作品。

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Academy figure drawing of a boy (Hammershøi).jpg
    ライセンス:パブリックドメイン


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    アレクサンドル・アンドレイビッチ・イワノフ(1806-1858)/ロシア
    制作年不明


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    ジョゼフ・ユール(1877-1945)/ドイツ
    制作年不明


    hegzmann_circa01.jpg hegzmann_circa02.jpg
    P・ヘグズマン(生没年不明)/ドイツ
    1908年


    lohmuller_rainer_akt_sitzend.jpg lohmuller_gilles_akt_templiers.jpg
    オットー・ローミュラー(1943- )/ドイツ
    左1984年・右1985年


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    ロヴィス・コリント(1858-1925)/ドイツ
    1914年


    alois_kasimir_nudeboy_playing_a_flute01.jpg alois_kasimir_nudeboy_playing_a_flute02.jpg
    アロイス・カシミール(1852-1930)/オーストリア
    1880年


    raphael_collin_nudeboy01.jpg raphael_collin_nudeboy02.jpg
    ラファエル・コラン(1850-1916)/フランス
    制作年不明


    jules_elie_delaunay01.jpg jules_elie_delaunay02.jpg
    ジュールス・イーライ・ドローネー(1828-1891)/フランス
    右1860年


    vincenzo_gemito01.jpg vincenzo_gemito02.jpg
    ビンセンゾ・ジェミート(1852-1929)/イタリア
    左1925年・右1913年

    どれも素晴らしいデッサンですね。
    アカデミーで描いたのではないのも混ざっちゃいました。(^^;)
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    Leikkiviä lapsia

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    フィンランドの画家、エーロ・ヤルネフェルト(1863-1937)による1895年の作品「Leikkiviä lapsia」

    タイトルが「遊ぶ子供たち」という意味なので、じゃれ合って遊んでいるんですね。
    女の子が持っている果物を男の子が取ろうとしているのでしょう。

    子供ならではというか、小学生くらいの子供だからこそこういうじゃれ合いも微笑ましいわけで、もしこれが大人の男女を描いたものだったら、違う雰囲気を醸していたかもしれません。

    とはいえ、愛ある者には愛の絵に見え、猥褻な感情を持つ者には猥褻な絵に見えるという点では、描かれているのが大人であれ子供であれさほど変わりはしません。
    アートとはそういうものです。

    作者のヤルネフェルトは1863年、帝政ロシア統治下にあったカレリアの都市ヴィープリ(現ヴィボルグ)にて、ロシア帝国軍将校の父の家に生まれました。
    妹はのちにフィンランドが生んだ大作曲家、ジャン・シベリウスと結婚しています。

    高校卒業後1883年から3年間、サンクトペテルブルクの芸術アカデミーに通ったヤルネフェルトは、1886年にパリへ留学しアカデミー・ジュリアンで学びます。
    彼はそこでフランスの画家、ジュール・バスティアン=ルパージュの作品に出会い、さらに見聞を広めました。

    その後は1902年からヘルシンキの大学で教師として働き、1912年からは教授となり、フィンランドの芸術アカデミーの会長にも就任しています。

    彼はとくに北カレリア地方のコリ(現在のコリ国立公園)の風景に惹かれ、コリの雄大な風景を描いた作品を数多く残しています。
    その風景画、現在はヘルシンキ駅のレストランで目にすることができるそうです。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Eero Järnefelt - Leikkiviä lapsia (1895).jpg
    ライセンス:パブリックドメイン
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    Eros, Cupido

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    フランスの画家、ジーン・ジュールス・アントワーヌ・ルコント・ドゥ・ノーイー(1842-1923)による1873年の作品「Eros, Cupido」

    作者の名前は長いけれど作品のタイトルはじつに簡潔「エロス・クピド」
    ギリシア神話ではエロス、ローマ神話ではクピドと呼ばれている、天使の姿をした愛の神。
    美の女神アフロディーテの息子であり、ラテン語で愛を意味する「アモル」の名で呼ばれることもあります。

    背中に大きな翼を持つアモルが弓に弦を張っているシーンですが、150年近くも前の作品にしては前衛的ですね。
    舞台セットのような構図や、背景に文字が書かれているところなど、絵画というよりも映画のポスターのよう。

    作者のルコント・ドゥ・ノーイーは1842年、フランスのパリに生まれました。
    兄はのちに建築家となりますが、彼は子供の頃から視覚芸術に強い関心を示し、6歳のときすでに父親と叔父の肖像画を描いています。

    1861年、19歳の時にスイス人画家シャルル・グレールのアトリエに入り、グレールから創造的な表現を学びました。
    その後アカデミック美術の代表的な画家であるジャン・レオン・ジェロームの指導のもと、芸術の知識と技をより高めていきました。

    1863年にパリのサロンでデビューした彼はその後も定期的に作品を出展し、1866年に金メダルを獲得します。
    1872年にはローマ大賞を受賞し、美術館での展示や教会での装飾も成し遂げています。

    その後は東アジア、ギリシャ、トルコ等を旅して外国文化の社会的、歴史的、文学的側面に触れ、そこからインスピレーションを得ています。
    彼の絵にある特徴的なオリエンタリズムは、この旅によるところが大きいのでしょう。

    たしかにこの作品も、どことなくオリエンタルな雰囲気がありますね。
    草花で髪を飾り、金色の装飾品を身に付け、翼が青や黄色なところはそれまでの天使像とは違う雰囲気を感じさせ、性格さえ違うような気もしてきます。
    でも股間を隠さないところは、やっぱり天使だなって思いますが。

    このアモル君、人間の歳でいうといくつくらいでしょうか?
    そろそろ弓矢を自分のために使いたくなってくる年頃かもしれませんね。

    作者のジーン・ジュールス・アントワン・ルコント・ドゥ・ノーイーは晩年をルーマニアで過ごしましたが、亡くなる直前にパリに戻り、1923年2月19日に死去しました。
    パリの街のある通りには、彼の名にちなんだ名前が付けられているそうです。
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    モデル君は背中で語る - 1

    karpinski_knaben-ruckenakt.jpg wojciech_czerwona_wstazka_1896.jpg

    日々たくさんの絵画を鑑賞していると(もちろんネットでですが)あることに気付くことがあります。
    「この絵とこの絵は作者が違うけれど、もしかしたらモデルは同じじゃない?」

    たとえば上の絵画は、左がポーランドの画家、アルフォンス・カルピンスキー(1875-1961)の1900年の作品「Knaben-Rückenakt」
    右は前回ご紹介したポーランドの画家、ヴォイチェフ・ワイス(1875-1950)の1896年の作品「Czerwona wstazka」

    このふたつ、背景にしてもポーズにしても、どう見ても同じモデルを描いたように見えませんか?
    カルピンスキーもワイスもどちらもポーランド人で、生まれた年も同じ。
    ということはこの絵はアカデミー時代の作品で、ふたりは同じクラスの生徒だったのではないでしょうか?

    制作年が違うのは完成させた年の違いなのか、数年後に描き直したのか、それともどちらかの制作年が間違って伝わっているのかそのへんはよくわかりませんが、いずれにしても同じモデルを描いたのだろうと思います。

    19世紀のアカデミーの生徒作品は今も資料として多く残されていますが、作者不詳のものが少なくありません。
    このように二人の有名な画家がかつて同じ教室で授業を受けていた、というのは珍しいことかもしれませんね。

    カルピンスキーはこの絵にKnaben-Rückenakt(少年 - 後ろから)というタイトルを付け、ワイスはCzerwona wstazka(赤いリボン)というタイトルを付けました。
    同じものを描いても作者によって着眼点が違うところが面白いですね。

    さて、後ろ姿を掲載したついでに、他の作者による後ろ姿の絵もご紹介しましょう。

    授業の場合は位置的にモデルの背中しか見えない場合もあるでしょうが、作品によってはテーマをより活かすためにあえて背中側を描画することもあります。


    karpinski_nackter_knabe_im_atelier.jpg xavier_bricard_youngboy.jpg

    左は最初に紹介したポーランドの画家、アルフォンス・カルピンスキー(1875-1961)による1889年の作品「Nackter Knabe im Atelier」
    右はフランスの画家、フランソワ=グザヴィエ・ブリカール(1880-1933)による作品「A Young Boy, seated naked on the carpet」

    左はアトリエでうっかり足に絵の具を付けてしまった男の子。
    右は部屋で座り込んで画集を見ている男の子。
    どちらも背中側の絵だからこそ、ふと見かけた光景といった雰囲気が漂っているんですね。


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    左はスペインの画家、パブロ・ピカソ(1881-1973)による1895年の作品「Rückenakt eines Knaben」
    右はドイツの画家、オットー・ソーン・リセル(1877-1949)による1924年の作品「Nackter Jüngling」

    左はあのピカソが14歳の時に描いた絵です。
    ピカソといえば抽象画家として有名ですが、若い頃は写実的な作品が主でした。
    モデルも同じくらいの歳ですね。もしかしてクラスメイト?
    右のリセルの絵はデッサン画ですが、描いたのが47歳の時ということはモデルは息子さんでしょうか?


    horace_vernet_adolescent_boy.jpg geoffrey_laurence_deidre.jpg

    左はフランスの画家、オラース・ヴェルネ(1789-1863)による1807年の作品「Academic Study of Adolescent Boy」
    右はアメリカの画家、ジェフリー・ローレンス(1949- )による1993年の作品「Deidre」

    これもアトリエでモデルを描いたものですね。
    左は19世紀初頭の作品で、右は1990年代の作品。
    その間なんと186年!
    美術モデルの少年は、今も昔も変わらぬ美しさで貢献しています。


    hermann_moest_knabe_am_strand_von_usedom.jpg camarlench_el_guardavia.jpg

    左はドイツの画家、ヘルマン・モエスト(1868-1945)による1945年の作品「Knabe am Strand von Usedom」
    右はスペインの画家、イグナシオ・ピナソ・カマルレンク(1849-1916)による1877年の作品「El Guardavia」

    少年はいったい何を見ているのか?
    それを描かないことで、そして少年の背中側からの構図にすることで、視線の先を想像させる意味深い絵となります。
    左の少年は雨雲を見ているのでしょうか?
    右の少年は列車を見ているのでしょうか?


    rudolf_koller_badender_knabe.jpg merritt_love_locked_out.jpg

    左はスイスの画家、ルドルフ・コラー(1828-1905)による1858年の作品「Badender Knabe」
    右はアメリカの画家、アンナ・リー・メリット(1844-1930)による1889年の作品「Love Locked Out」

    左の絵は水浴に来た少年が遠くを眺めているシーンで、右の絵はドアの外に締め出されてしまった少年。
    あえて顔の見えない後ろ姿を描くことで、客観的な見方、つまり物語性をより高めているように感じます。

    背は口ほどにものを言うというわけで、どの子も翼はなくともじゅうぶんにアートしてますね。
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    Wiosna

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    ポーランドの画家、ヴォイチェフ・ワイス(1875-1950)による1898年の作品「Wiosna」

    Wiosnaとは「春」のこと。
    手前に木の枝を持った少年がいて、背景には追いかけっこに興じる男女の姿が描かれています。
    春の訪れを感じさせる爽やかな作品であるかと思いきや、少年の表情が冴えませんね。
    喜怒哀楽で言えば「哀」でしょうか「怒」でしょうか?
    なんとも不思議な雰囲気のある作品ですね。

    作者のワイスはポーランド南部の都市、クラクフで生まれました。
    クラクフの美術学校を出て、その後パリやローマに滞在して美術を学びました。

    彼の絵の特徴は、明るく豊かな色彩、それでいて退廃的な雰囲気。
    これはエドヴァルド・ムンク(1863-1944)やヤチェク・マルチェフスキ(1854-1929)の影響を受けているとされています。
    当初は歴史的・神話的な絵を描いていましたが、後にポーランドの作家、スタニスワフ・プリービーズツースキーの書いた書物に触発され、表現主義へと移行しました。

    そして彼が触発されたもうひとつのもの、それは「日本」でした。
    人間と自然との密接な関係をテーマにしていた彼にとって、日本美術との出会いは衝撃だったようです。

    日本の木版画の技術を学び、自らの作品にも取り入れ、油彩、水彩、版画など多くの作品を残しています。
    後期の作品に見られる色彩の変化は、日本美術の影響が色濃く出ていると言ってもよいでしょう。

    1919年に科学アカデミーから賞を、1924年にワルシャワ芸術協会から賞を授与され、1937年にはポーランドの芸術に多大な貢献をしたとして国家から表彰されています。
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    Patrick and Sport

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    ドイツの画家、オットー・ローミュラー(1943- )による2002年の作品「Patrick and Sport」

    3月27日の記事「古代オリンピック」では、古代オリンピックの少年の部のイメージとしてローミュラー氏の作品を引用しました。
    この作品も同じく、少年が円盤投げをしている様子。

    もちろんこの絵は創作ですが、古代ギリシアでは実際に裸で競技をおこなっていたわけですから、種目によってはもっとも公正でありもっとも安全な格好かもしれませんね。

    作者のローミュラー氏はドイツの都市ゲンゲンバッハ生まれの画家。
    地元の人や旅先で出会った人など、様々な世代のポートレイトを描いています。

    若い頃はミケランジェロの彫刻やピエール・ジュベールのイラスト等に影響を受けており、1960年にパリに移り住んで芸術を学びました。
    1969年に結婚し、その後2人の男の子をもうけています。

    1978年に最初の作品集を出版し、1982年からは歌集や詩集などボーイスカウトのための本を発表。
    出版社「Zeus Press」を設立し、現在も作品集等を出版しています。
    彼の作品はドイツ国立図書館のカタログにも掲載されました。

    steffen_2001.jpg martin_2000.jpg

    2001年の作品「ステファン」と、2000年の作品「マーチン」
    サッカーと水泳でしょうか。
    古代オリンピックにはサッカーのような球技はなく、陸上競技と格闘技のみでした。
    もし球技があったとしても、裸では敵味方がわからなくなって審判も観客も混乱するでしょうね。

    水泳競技がなかった理由は場所柄だと思いますが、もしあったならギリシャは競泳大国になっていたかもしれません。

    sohn_1998.jpg

    古代ギリシアではオリンピア大祭(オリンピックの起源となった大会)の勝者に「オリーブ冠」を授与していました。
    オリーブ冠とは、オリーブの葉の付いた枝をリング状に編んだ冠のことです。

    少年の部に賞金があったかどうかは不明ですが、頭にかぶせられるオリーブ冠と観客からの賞賛だけでも、少年たちはじゅうぶん満足だったことでしょう。


    Copyright : Otto Lohmüller
    http://www.otolo.eu/
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    「民衆の前に現れたキリスト」のためのスケッチ

    alexander_andreyevich.jpg

    ロシアの画家、アレクサンドル・アンドレイビッチ・イワノフ(1806-1858)による1830年代後半の作品。

    同じ顔、同じポーズをした12歳くらいの少年が2人描かれています。
    これはべつに双子を描いたわけではなく、ある作品を完成させるための試行錯誤の段階、言わばスケッチです。

    顔立ちとポーズはほぼ同じですが、よく見ると体の輪郭など細かな部分に違いがあります。
    髪型と肌の色も違いますね。それと・・・サイズもかな。
    デザインの構想と練習のために、こうしていくつも描いていたのでしょう。

    この絵を見ただけで「あぁ、あの絵の一部か」とわかった人はかなりの美術通ですね。
    その前にタイトルと作者名で、わかる人にはわかりますが。(^^;)


    andreyevich_christus.jpg

    「The Appearance of Christ Before the People」と題されたこの作品。
    日本では「民衆の前に現れたキリスト」というタイトルで知られている、縦5.4メートル、横7.5メートルもの巨大な絵画です。

    人々の中に先程の少年が描かれていますね。
    けっきょく右側の少年で決定したのかな?
    ロシアのモスクワにあるトレチャコフ美術館が所蔵しており、18〜19世紀ロシア美術の最高傑作のひとつと言われています。

    作者のイワノフはこの絵を描き上げるのに1837年から1857年まで、じつに20年の歳月を要しています。
    それは細部にまでこだわり、入念に構想を練り、丁寧に丁寧に手を加えていたからこそ。
    キリスト教徒であった彼の、この作品に対する情熱が伺い知れます。

    イワノフは1806年、ロシアのサンクトペテルブルクで生まれました。
    彼の父親アンドレイは芸術アカデミーで歴史画の教授をしており、イワノフは幼くして父親から芸術を学びます。
    その後1817年から1828年にかけて、後に国際的な名声を得たロシア初の画家、カール・ブリューロフとともに帝国芸術院に在籍。

    1830年に奨励賞を得てそれを資金にイタリア、オーストリア、ドイツを訪れ、1831年からはイタリアのローマに定住。
    ローマで多くの作品を発表した彼は、マグダラのマリアを描いた1836年の作品により偉大な賞を授与されています。
    このときすでに彼には「救世主の出現」というアイデアが形成されており、その後の20年間もの長き創作活動へと繋がりました。

    彼はこの「民衆の前に現れたキリスト」を完成させるために100種類以上のスケッチ、製図、油彩を描いています。(上の少年の絵もそのひとつ)
    それ自体が芸術作品として認められており、現在サンクトペテルブルクの国立ロシア美術館ではそれらも包括的なコレクションとして展示されています。

    彼は作品を完成させた翌年、1858年の春、生まれ故郷のサンクトペテルブルクへと戻りました。
    そして芸術評論家である友人に対し、これからの夢を熱く語るのでした。

    「ロシアに新しい美術学校を創設し、若手アーティストのための教育機関を設立するぞ!」

    しかしその思いも虚しく、彼は数ヶ月後の1858年7月にコレラによりこの世を去りました。
    52歳でした。
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    古代オリンピック

    次の夏季オリンピックは2020年の東京大会。
    1964年の東京オリンピックを超える盛り上がりが期待されます。
    開会式はどんな演出? 日本はメダルをいくつ取れる?
    是非とも良い意味で記憶に残る大会であってほしいですね。

    ところで・・・
    みなさんはかつてオリンピックに「少年の部」があったことをご存知でしょうか?
    私も最近知ったんですが、大人とは別に少年競技の部があったそうです。

    といっても近代オリンピックの話ではなく、遥か昔、古代オリンピックでの話です。

    今から2千年以上も前、紀元前9世紀から紀元後4世紀にかけて古代ギリシアの都市オリンピアで「オリンピア祭典競技」という大祭がおこなわれていました。
    これがオリンピックの起源です。

    当時のギリシアには4つの競技大祭がありましたが、ギリシア神話の主神であるゼウスの神殿がオリンピアにあったことから、このオリンピア祭典競技が最も盛大に催されていました。

    ゼウスが男神であるため大祭は女人禁制とされ、参加資格はギリシア人の血筋を持つ健康な男性のみ。
    当初は成人男性ばかりでしたが、第37回大会から「少年の部」が設けられました。

    また、競技者は不正を防ぐため全裸で参加することが条件とされ、競技場では衣服をまとって入ることさえもはばかられたそうです。

    pelop_olympia_5.jpg
    古代オリンピックでのトラック競技の様子
    画像出典:Birthplace of the Olympics

    tom_lovell_greek_wrestlers.jpg
    古代オリンピックでのレスリングの様子
    Referee watches Greek wrestlers in ancient Olympic games.
    Copyright : Tom Lovell


    初期の競技はスタディオン走と呼ばれる192メートルの短距離走のみでしたが、次第に競技種目が増え、中期にはスタディオン走のほか、ディアウロス走(中距離走)、ドリコス走(長距離走)、五種競技、円盤投、やり投、レスリング、ボクシング、パンクラティオン(格闘技)、戦車競走などがおこなわれました。

    最初は2国のみの参加だったこの大祭も4年ごとに開催され続けるうちに参加国が増え、ついには全ギリシア諸国が参加するようになり、紀元前5世紀には開催期間5日間の大規模な競技会となりました。

    そんな歴史ある古代オリンピックが衰退した理由、それは運営の腐敗でした。
    優勝者に支払われる報奨金や勲章欲しさに不正(審判の買収など)を働くものが現れ、その数は増える一方。
    また、暴君として知られるローマ皇帝のネロは、自分が出場して勝者となるために第211回大会の日程を無理やり2年もずらし、そのうえ競技に敗れていながら優勝扱いとなったそうです。

    このような不正に対する批判の高まりとともに古代オリンピックは次第に衰退していき、4世紀にその幕を閉じました。
    現代のオリンピックでも不正を完全に絶つことはできていませんが、同じ歴史を繰り返さぬようシッカリ教訓としていただきたいものです。

    試合中の不正を防ぐために全裸で競技をおこなうというのは、ドーピングのなかった当時としてはそれなりの効果はあったのでしょう。
    とくにレスリングやパンクラティオンでは、真の意味で公平な闘いと言えますね。


    lohmuller_patrick1997.jpg

    この絵はドイツの画家、オットー・ローミュラー(1943- )の1997年の作品「Diskuswerfer im olympiastadion」

    スタジアムで円盤投げ競技をする少年。
    古代オリンピックの「少年の部」がもし現代のスタジアムで復活したら、こんな光景かもしれません。


    Copyright : Otto Lohmüller
    http://www.otolo.eu/
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    The Dragonfly

    nellie_joshua_dragonfly.jpg

    イギリスの女流画家、ネリー・ジョシュア(1877-1960)による1905年の作品「The Dragonfly」

    タイトルのDragonfly(ドラゴンフライ)とはトンボのこと。
    描かれているのは妖精ですが、羽の形状からイメージしてこのタイトルを付けたんでしょうね。
    妖精といえば背中に蝶の羽を持つものが一般的ですが、トンボのような羽の妖精もファンタジックな絵ではよく見かけます。

    さてそのトンボですが、西洋では昔は不吉な虫と考えられていたそうです。
    ドラゴンや妖精を邪悪な生き物とみなした物語もあるので、関連性があるのかもしれません。
    日本ではトンボは季節の風物詩でもあり、どちらかというと好まれている虫ですね。

    ちなみにトンボという名の語源については・・・
    飛ぶ棒 → トンボウ → トンボと変化したという説があります。

    この絵の作者、ネリー・ジョシュアはロンドンのハムステッド生まれの女性。
    インテリアの要素を取り入れた人物画を描く画家で、妹のジョーン・ジョシュアも芸術家でした。

    1890年代にロンドンのヘザーリー美術学校で絵画を学び、その後は王立アカデミーや女性アーティスト協会にて作品を発表。
    ファンタジックな作風で知られており、この「The Dragonfly」もその頃の作品です。


    さて、このトンボのような妖精、男の子でしょうか?女の子でしょうか?
    え?語源が「飛ぶ棒」だから男の子?
    なるほどっ!山田くん座布団ぜんぶ持ってって!( `・ω・´)/

    でもそのとおり、正解は男の子。
    この絵には「Fairy Boy」というもうひとつのタイトルが付いていました。


    画像出典:Sofi
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    年齢:あっという間の半世紀
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    20代の頃に仕事で幼稚園に足を運んだのを機に街で子供の笑顔写真を撮り続ける。 1999年に「The Light of Smile 笑顔の灯り」という子供の笑顔をテーマにしたサイトを開設。 サイト終了後はこのブログで世界の天使像や世界の子供写真を紹介している。 6人の甥と姪の伯父さんでもある。

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