コーネリア・パツカ・ワグナーのデッサン画

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    ドイツの画家、コーネリア・パツカ・ワグナー(1864-1930)による1897年の作品。
    単色のデッサン画で、タイトルはとくに付けられてはいないようです。

    モデルの少女は12歳くらいでしょうか。
    大人の体形に変化しつつもまだ華奢(きゃしゃ)である、思春期の少女の特徴がよく表れていますね。
    長時間続けるには大変そうなポーズですが、心の内を表現しているような作品に仕上がっています。

    作者のコーネリア・パツカ・ワグナーはドイツの都市ゲッティンゲン生まれの女性。
    ミュンヘンのロイヤルアカデミーとパリの私立アカデミーで美術を学び、プロの画家となりました。

    彼女は1888年から1894年までイタリアのローマに住み、その間1890年にハンガリーの画家、フランツ・パツカ(1856-1925)と結婚しています。
    1894年に夫とともにスペインのマドリードに住み、翌年からはドイツのベルリンを拠点として活動しました。

    彼女の作品には女性の肖像画が多いのですが、そのどれもが独自の雰囲気を醸しています。
    それは格調の高さであるような、意志の強さであるような、あるいは何かを訴えかけているような重々しさ。
    笑顔の少ない、悪く言えば不満そうな表情をした肖像画の数々に、彼女のアートの本質があるような気がします。

    彼女の作品はベルリン、ハノーバー、フランクフルト、ミュンヘン、ドレスデン等のドイツ国内の展覧会に加え、フランスやイタリアの美術展にも出展されました。
    そして1900年にはパリで銅メダル、1914年にはドイツのライプツィヒにて名誉賞を受賞するなど、いくつかの賞を獲得しています。

    現在彼女の作品は、ドレスデンやベルリンの美術館、ハンガリー国立美術館、ブダペスト美術館等で見ることができます。

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    Rückenakt eines Knaben auf roter Matratze

    richard_muller-ruckenakt_eines_knaben.jpg

    ドイツの画家、リチャード・ミュラー(1874-1954)による1933年の作品「Rückenakt eines Knaben auf roter Matratze」
    タイトルは「赤いマットレスの男の子の背中」という意味。

    最初は少女かと思いましたが、少年だったんですね。
    作者の息子さんでしょうか?
    右上に扇風機のようなものが見えるので、暑い日に部屋でゴロ寝しているところかもしれません。

    絵柄はシンプルながらも緻密に正確に描写しており、とくに背中から腰にかけての柔らかな質感は見事ですね。
    息子がモデルであるならば、じつに良いシチュエーションに出会ったものだと思います。

    作者のリチャード・ミュラーは1874年、チェコ共和国のボヘミアで織物職人の息子として生まれました。
    14歳のときにドイツのマイセン地方の美術学校に入学すると、彼はメキメキと頭角を現します。
    1890年には、まだ16歳であるにも関わらず、これまでで最も若い学生として美術アカデミーへの入学が認められました。

    彼は1895年にグラフィック・アーティストであり彫刻家でもあるマックス・クリンガー(1857-1920)と出会い、エッチングの技術を習得します。
    エッチングとは様々な分野で応用される技法ですが、美術用語としては銅板などの金属表面を酸で腐食させて凹版を作る技法、およびこれを利用して刷った版画を指します。

    彼の作品を見てみますと、通常の油彩だけでなく図鑑の挿絵のような緻密なドローイングが多数見受けられますが、エッチングの技術がこれらの作品作りにも役立ったということでしょう。
    彼は1896年、プロイセン芸術アカデミーの展覧会にて見事グランプリを獲得しています。

    1900年からはアカデミーの教授を務め、1933年には会長に就任した彼でしたが、2年後の1935年、当時の教育大臣であるヴィルヘルム・ハートナック大臣から、作品の思想が破壊的な傾向にあるとして退任させられてしまいます。

    たしかに彼のドローイング作品はどことなく退廃的で深く考えさせられるものが多いのですが、教育者としては不適切と判断されてしまったのでしょうか?
    単に大臣の好みの問題だったのかもしれませんが。

    しかし彼の作品は世間からは高い評価を得ており、1939年にはミュンヘン市の美術館、ハウス・デア・クンストにて数々の展覧会をおこなっています。

    第二次世界大戦当時のドイツで最も重要なアーティスト、と言わしめるまでになったリチャード・ミュラー。
    1954年にドイツ東部の都市ドレスデンにて、その80年の生涯を終えました。
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    Strömkarlen

    ernst_josephson-stromkarlen.jpg

    スウェーデンの画家、エルンスト・ジョセフソン(1851-1906)による1884年の作品「Strömkarlen」

    水の流れる岩場で少年がバイオリンを弾いています。
    この少年はノッケンまたはネックという名で呼ばれる、ゲルマン神話・民話に登場する水の精霊です。
    主な物語は、バイオリンの音色で女性と子供を引き寄せて川や池で溺れさせようとする、というものですが、演奏を聴かせるだけで危害を加えないという話も残っているそうです。

    清流の音とバイオリンの二重奏とはたしかに優美。
    しかしこれがもし現代社会での出来事なら、女性と子供どころか、おまわりさんを引き寄せてしまうでしょう。
    そもそもバイオリンは水のかかる場所で使っても良いものなんでしょうか?

    とは言えこの作品は見事。
    水しぶきといい精霊のポーズといい、実際に音が聞こえてきそうなほどの臨場感。
    足下のハスの花も良いアクセントとなっています。

    作者のエルンスト・ジョセフソンはスウェーデンの画家。
    16歳のときに首都ストックホルムの国立美術学校、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツに入学しました。
    その後イタリア、フランス、オランダなどで本格的に美術を学んだ彼は「私はスウェーデンのレンブラントになるか、死ぬかのいずれかだ」とまで語っていたそうです。

    その言葉どおり、彼はその後大きな成功を収めました。
    1876年には国から王冠を授与され、1879年にもフランスのパリでその功績が認められています。

    彼の主な仕事は肖像画や民族絵画の制作でしたが、1884年のこの作品「Strömkarlen」は彼の名を一躍有名にしました。
    ところがこの絵はストックホルムの王立博物館から展示を拒絶されてしまいます。
    スウェーデン国王オスカー2世の孫であるエウシェン王子は、この博物館の決定に怒り、自らこの絵を買い取ったそうです。

    王子からも有望視された彼でしたが、37歳のときに精神分裂病を患い、ウプサラの病院に入院します。
    それからは幻覚や過食症、宗教的妄想に悩まされる日々を送り、絵のスタイルにも変化が現れました。
    発症後の彼の絵には、細かなパターンとドットを繰り返し使用する絵と、大胆で自信に満ちた描写の絵の2種類が見受けられるそうです。

    しかし彼の作品はパブロ・ピカソとアンリ・マティスにも影響を与えたと言われており、1896年にはベルリン国際美術展にて金メダルを獲得しています。
    その後はストックホルムに移りますが、1906年に妻と娘に看取られながら55歳の若さで亡くなりました。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Stromkarlen 1884.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン
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    Badende gutter. Sommerdag

    hans_heyerdahl-badende_gutter_sommerdag.jpg

    ノルウェーの画家、ハンス・ヘイエルダール(1857-1913)による1886年の作品「Badende gutter. Sommerdag」

    海岸の岩場で水に飛び込んで遊ぶ子供たち。
    手前の子はちょっと恥ずかしそうな仕草ですが、そこは無邪気な天使たち、すぐに翼を広げてはしゃぎ出すでしょう。

    タイトルは日本語に訳すと「入浴する少年たち・夏の日」となります。
    なかなか風情のあるタイトルですね。
    たしかに岩場に腰掛けてこんな情景を一日中眺めていられたら、日々のストレスも解消できるはず。

    現代は子供に対してイライラしたりムラムラしたり、いずれにしても感情を高ぶらせる人が多くなりました。
    つまり子供のいる光景に落ち着いた風情を感じる人が少なくなったように思います。
    これも日常から天使の姿が遠ざかってしまったひとつの弊害と言えるかもしれません。


    作者のハンス・ヘイエルダールはスウェーデン生まれのノルウェーの画家。
    1857年にスウェーデンのダーラナ県で生まれ、2歳の時に家族とノルウェーのドラメンに移り住みました。

    1873年にクリスチャニア(現在のオスロ)の美術工芸学校に入学し、画家のペダー・カペレン・サーマン(1839-1919)のもとで美術を学びました。
    その後は1877年までドイツの「ミュンヘン美術院」で学び、1878年から1882年まではフランスのパリに在住。
    パリのサロンで3位のメダルを獲得した彼はその後も精力的に制作を続け、1881年の作品ではグランプリを獲得しています。

    その後ノルウェーに戻ってクリスチャニアに定住した彼は、仲間とともに私立の絵画学校を設立しました。
    彼の描いた肖像画や風景画、北欧の歴史をモチーフとした作品は高い評価を得て、彼はノルウェーにおける写実主義画家の第一人者となりました。


    写実主義とは、現実主義とも言いますが、現実の光景を客観的にありのままに捉えようとする主義のこと。
    つまり写真で言えば、演出やエフェクトを施さない記録写真のようなものです。
    この少年たちの絵も、その時たしかにそこには海があり、船が浮かび、裸の少年たちがいて、そしてそれを見つめるひとりの画家がいたわけです。

    裸の子供が遊んでいる、その光景に風情があるのではなく、それが当たり前の環境があってこその風情。
    人々が忘れてしまったかつての情緒を、古い絵画はそれとなく教えてくれています。
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    写真家の清岡純子さんと女神のようなモデル

    ingres_la_source-trace.jpg kiyookamodel-trace.jpg

    いきなりですが問題です。
    上の線画のうち、左の画像はある有名な美術作品の人物をトレースしたものです。
    その作品とはいったい何でしょう?

    解答もいきなりですが・・・
    答えはフランスの画家、ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル(1780-1867)の1856年の作品「泉」でした。(原題:La Source)

    元の絵を知っている人には簡単な問題でしたね。

    jean_auguste_dominique_ingres_-_the_spring.jpg
    アングル作「泉」
    File:Jean Auguste Dominique Ingres - The Spring - Google Art Project 2.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン


    では上の線画のうち、右側の画像は何をトレースしたものかわかりますか?

    「ヴィーナスの誕生かな?」「ギリシア神話の三美神のひとり?」「このふくよかさはルネサンス期の宗教画かもしれない」・・・と、多くの人が西洋絵画だと思ってしまうでしょう。

    じつはこれ、日本の写真家、清岡純子さん(1921-1991)の1981年の写真作品から、そこに写るモデルをトレースしたものです。
    残念ながら元の画像は掲載できませんが、西洋絵画の裸婦像に非常に近い体形をしていることがわかると思います。


    私は中学生のときに美術科で初めてアングルの「泉」を知り、その均整のとれた美しい姿に感動を覚えました。
    多感な時期でしたが性的な感情ではなく、純粋に人間の形に感動したのでした。

    アングルの「泉」の女性は人間ではなく泉を擬人化したもの、つまり簡単に言えば泉の精霊です。
    女神や天使の姿もそうですが、作者は架空の存在に自分の理想を当てはめ、ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら美を追求していくわけです。
    アングルは「泉」を描き上げるのになんと36年を要しています。
    私はそんな、理想の美を追い求める作者の姿勢にも共感し、美術がさらに好きになりました。

    2年後の高校生のとき、私は地元の駅前にある大きな書店の美術図書コーナーに立ち寄りました。
    そして目の前の棚から何気なく一冊の写真集を手に取ったとき、私はアングルの「泉」を見たとき以上の衝撃を受けました。
    何しろそこに写るモデルの女性が、まるでアングルの「泉」から抜け出てきたかのような姿をしていたからです。

    それは単にヌードだからということではなく、身体の形、縦横の比率、適度なふくよかさ、優しい表情に至るまで何から何までそっくりでした。
    そのモデルは当時の私よりも4歳ほど年下の少女でしたが、私はその子に女神様のような神々しさを感じました。

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    動く子供を素描で表現

    nicolas_galerie01-1.jpg

    当ブログで過去に何度も登場した言葉「デッサン」
    日本の自動車メーカー?いやそれはニッサン。中年の男性?いやそれはオッサン。
    などと冗談を言っている場合ではなく、今回はデッサンの話。

    デッサン(Dessin)という言葉はフランス語。
    英語ではドローイング(Drawing)、日本語では素描(そびょう)といって、主に鉛筆や木炭、パステル、コンテなどを用いて物体の形状や明暗などを平面に描画する技法、およびその作品のことです。

    輪郭線によって対象の視覚的特徴をつかむことを目的とした、人物画では基礎中の基礎とも言えるものです。

    nicolas_galerie01-2.jpg nicolas_galerie01-3.jpg

    いつ頃の作品かは不明ですが、これはフランスの「Galerie du nu」という書籍に掲載されたデッサン画。
    子供をモデルとした単色のスケッチ、いわゆる人体デッサンです。

    描いたのはニコラさんという方らしいのですが、詳しいことはわかりませんでした。
    子供モデルのデッサン画の例として引用いたしました。

    nicolas_galerie02-1.jpg nicolas_galerie02-2.jpg

    デッサンは古代から様々な用途でおこなわれ、ルネサンス時代には絵画、彫刻、建築の試作にも用いられるようになりました。
    絵画を制作するときの下絵であったり、基礎練習であることには間違いないのですが、現代では彩画と共にデッサン画もひとつの作品として成り立っています。

    用いる道具で一般的なのは鉛筆と木炭。
    鉛筆は様々な硬度のものを使用しますが、硬すぎる鉛筆はあまり使いません。
    木炭の場合はデッサン用の木炭を使います。
    このニコラさんの絵はたぶん鉛筆を使用しているのでしょう。

    nicolas_galerie03-1.jpg nicolas_galerie03-2.jpg

    通常デッサンは単色の線画で描かれ、背景を省略することが多いですね。
    そういう意味ではモノクロの肖像写真に近いと言えますが、色彩を排除している分、形状がより色濃く反映されます。

    見た目が正確でないことを「デッサンが狂っている」などと言いますが、意図的にデフォルメした抽象画の場合はこれには当たりません。
    しかしだからといって抽象画の画家にはデッサン能力が必要ないのかというとそうではなく、有名な画家の多くが若い頃にデッサンの勉強に勤しんでいたように、画家にとってはとても大切な基礎のひとつです。

    nicolas_galerie04-1.jpg nicolas_galerie04-2.jpg

    美術学校などではモデルを用意してデッサンの授業をおこなうことがあります。
    そのとき単なる立ちポーズが多いのは、モデルへの負担を考えるとある意味仕方がないことだと思います。
    しかし子供の場合は子供らしい様々なポーズを描いてみたくもなりますね。

    そのため動きのあるポーズの場合は写真を模写することもあります。
    これらの作品も一部は写真を模写したのだろうと思います。
    写真の模写をデッサンと言うのか?というと、まぁ正確には違うんですが、子供がモデルの場合そのほうが良いのかもしれません。

    ネコと人間の子供は、絵画のモデルにはちょっと不向きなようです。(^-^)
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    La Bourboule

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    ルーマニアの画家、ミシェル・シモニディ(1870-1933)による1895年の作品「La Bourboule」

    正確には1895年にフランス中南部の街「ラ・ブルブール」の駅に貼り出された、この街の水を宣伝するポスターです。
    ラ・ブルブールは1875年以降に発展した、水で有名な街で、温泉街としても知られています。
    ヨーロッパで最初の小児医療リゾートが作られた地域でもあります。

    このポスターは輪郭線を強調したイラストチックな絵柄で、当時としてはかなり洗練されたポスターであったろうと思います。
    美しい女性がふたりの幼い子供に水を与えているところですが、子供のひとりが背中に矢を背負っていることから、女神とキューピッドをモチーフにしているのでしょう。
    しかし翼は描いておらず、身近な子供のような親しみやすさを醸しています。

    この絵の作者、ミシェル・シモニディはルーマニアの首都ブカレスト生まれの画家。
    アールヌーボー様式を代表する画家のひとりであり、デザイナーでもありました。
    ルーマニアでの名前はミハイル・シモニディでしたが、パリに定住した後はミシェル・シモニディと名乗っています。

    彼は芸術学校でレオン・ボナット、フェルディナンド・ハンバート、ガブリエル・フェリエらの生徒として学び、卒業後はパリのサロンで定期的に作品を発表しました。
    彼の作品は1889年の国際博覧会で佳作に入賞し、1900年の国際博覧会では銀メダルを獲得しています。

    彼は知り合いの写真家とともに数多くのポスターをデザインし、その多くが賞賛されました。
    この絵は当時のラ・ブルブールからの依頼により制作されたものですが、現在も街の壁にこのように大きくディスプレイされ、道ゆく人の目を楽しませています。

    affiche_la_bourboule.jpg

    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Affiche La Bourboule.JPG
    クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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    Young Boy with a Teapot

    gillies-young_boy_with_a_teapot.jpg

    スコットランドの画家、ウィリアム・ジョージ・ギリーズ(1898-1973)による1921年の作品「Young Boy with a Teapot」
    「ティーポットを持つ少年」という、見た目そのままのタイトル。

    12歳くらいでしょうか、いかにも絵のモデルといった佇まいですね。
    かたわらに置いてあるティーポットを抱きかかえ、注ぎ口の根元を指でつまんでいます。

    これはもう皆さん御察しのとおり、紛れもなく大人への成長の意味を込めた作品ですね。
    ポットの注ぎ口を指でつまませることになんの意味もないはずはなく、チラリと見えているこの子の陰茎との対比を狙っているのは明らか・・・だと思います。

    ともすると下品になりがちなポーズですが、真面目そうなモデル君と素朴な画風がそれを防いでいます。
    ちょうど思春期あたりの少年をモデルにしたことで、テーマを見る側の心に委ねているような、心の写し絵のような作品になっているところが上手いですね。

    作者のウィリアム・ジョージ・ギリーズはスコットランドの画家であり、また美術教師でもありました。
    1924年にエジンバラ芸術大学を卒業し、フランスのパリで2年間修行した後に教師として同大学に戻ります。
    その後40年に渡って教鞭を取り、1959年からは退職する1966年まで校長を務めました。

    彼は主に風景や静物をテーマにしていましたが、作品にはしばしば1936年に亡くなった陶芸家である弟、エマ・スミス・ギリーズが作った陶器が登場しています。
    もしかしたらこのティーポットも弟が作ったものかもしれません。

    この絵は1921年、ギリーズが芸術大学の在学中に描いたものです。
    つまりこのシンプルな背景は大学の教室だったんですね。
    教室にモデルを招いてのヌードデッサンの授業は、昔の美術学校では当たり前におこなわれていました。

    モデルの少年に思わせぶりなポーズをさせたのは他の生徒だったのかもしれませんが、結果的にはシンプルながらも味わい深い作品となりました。
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    Schatten über der Seele

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    ドイツの画家、トーマス・エッツェンスペルガー(1958- )による2011年の作品「Schatten über der Seele」

    黒煙をあげる街並みを背景に、不安げな表情で頬杖をつく少年。
    タイトルは「魂の影」という意味ですが、戦争を憂いている子供の絵でしょうか?
    いや、体の傷から察するにこの少年こそが戦争の被害者なのでしょう。

    この絵を描いたのは、Tomé(トメ)という名で活動している、トーマス・エッツェンスペルガー氏。
    ドイツ在住の画家であり、美術教師でもある男性です。

    1958年にスイスのチューリッヒで生まれた彼は、大学を卒業後に雑誌「Reflex」のイラストレーターを務め、その後スイスの新聞「Walliser Bote」に定期的に漫画を掲載します。

    1978年、彼はスイスのフリブール大学で医学を学びましたが、その後グラフィックデザイナーに転向。
    1983年にフリーランスの漫画家として、スイス、ドイツ、アメリカの雑誌や新聞に漫画「PiPO」を掲載し、いくつかのコミック本を出版しています。

    そして1995年にはドイツのアウクスブルク大学で再び学び始め、中等学校の教師としての学位を取得しました。
    現在は10歳から17歳までの子供たちの美術教師をしています。

    彼は2011年に「子供の肖像画博物館」を設立しました。
    270以上の子供の肖像画と50以上の芸術作品を展示し、それらを通じて子供の権利のための活動をおこなっています。

    redhands.jpg

    子供の貧困、飢餓、そして様々な虐待などの問題は依然として世界中に根深く残っています。
    そしていくつかの国では未だ30万人もの子供たちが兵士として駆り出されているという事実があり、これはまぎれもなく深刻な問題です。

    彼はそんな子供への虐待に抗議すべく、赤い手のひらをサインとして人々への啓蒙活動をおこなっています。
    赤い手のひらは、子供を兵士として利用することに抗議するために使用するサインです。
    子供の手を血で染めてはいけない!という意味が込められているのでしょう。

    実際にたくさんの子供たちの手形によって作られたこれらの作品は、政治家の手に委ねられ、ユニセフ等の団体によって「子供を守る」という意識を広めるために使われています。

    彼はたくさんの子供の肖像画を描いていますが、その作品は決して明るいものばかりではありません。
    怪我を負った子供、血に染まった子供、虐待を受けている子供など、悲惨な現実を強烈なヴィジュアルによって訴えかけています。

    幸せな天使がいるならば、傷付いている天使もいます。
    我々は片方の天使だけに目を向けるのではなく、すべての天使の幸せについて考えなくてはなりません。


    Copyright : Thomas Etzensperger (Tomé)

    【Tomé s Kinderporträtmuseum】
    https://kinderportraitmuseum-aktionen.jimdo.com

    (この記事は、著作者本人からのご紹介により執筆いたしました)
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    ガストン・ゴアの絵画作品

    goor_unknown1964.jpg

    フランスの画家、ガストン・ゴア(1902-1977)による1964年の作品。
    タイトルは無題です。

    ギリシア神話の神々を描いたものでしょうか?
    ひとりひとりのキャラクターはわかりませんが天上の楽園といった感じですね。

    1964年といえば日本で東京オリンピックがあった年。
    古代オリンピック発祥の地であるギリシャのオリンポス山の雲の上には、まさにこのような神々がいたのかもしれません。

    作者のガストン・ゴアは1902年、フランスのリュネヴィルに生まれました。
    17歳のときに国立高等美術学校「エコール・デ・ボザール」に入学し、貧しいながらも勉学に励み、1925年にパリに移住。
    彼はそこで作家であり美術評論家であるアンドレ・サーモンを通じて、イラストレーターのアンドレ・ギデと出会いました。

    そしてイラストレーションの仕事に就き、フランスの有名な週刊誌、L'Illustration誌に作品を掲載します。
    1931年には「国際植民地展」のイラストも担当しました。
    また、その間いくつかの書籍も出版しています。

    彼は1952年からイギリスで数年間を過ごし、ロンドンのギャラリーでも展覧会を開いています。
    1974年にフランスの片田舎に移り住み、1977年12月に癌によりこの世を去りました。
    彼は亡くなる直前まで絵を描き続けていたそうです。
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    いらっしゃいませ

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    RUKA

    Author:RUKA


    当ブログは子供を表現した世界の絵画、彫像、写真作品をご紹介しています。
    天使に見立てているので必然的に裸の作品が多くなりますが、すべてアートまたは家庭的な生活記録に限定しています。

    子供は本来この世界における夢であり希望であり、その姿は大人にとってノスタルジーや心の潤い、癒しの対象でもあります。

    古くから子供の姿は愛すべきものとして認識され、絵画や彫像、写真等で様々に表現されてきました。天使のイメージもそのひとつです。
    そして各家庭でも、我が子への愛情ある記録(写真撮影)が数多くなされています。

    当ブログではそれら子供や天使をテーマにしたアート作品と、写真共有サイトFlickrで一般公開されている子供写真をご紹介しています。(できるだけ天使の姿に近いものを選んでいます)

    ふと訪れては日々の疲れを癒す天使の園・・・そんな憩いの場としてお使いいただければ幸いです。

    画像の著作者は私を含め様々ですが、著作権的に問題のない方法で掲載しています。
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    説明記事(お読みください)
    著者について...
    名前:RUKA (Rukachas)
    国籍:日本
    出身:埼玉(生まれは宮城)
    性別:男性
    年齢:あっという間の半世紀
    インターネット歴:21年

    20代の頃に仕事で幼稚園に出向いたのを機に子供の笑顔写真を撮り始める。
    1999年に「The Light of Smile 笑顔の灯り」という子供の笑顔をテーマにしたサイトを開設。
    サイト終了後はこのブログで世界の天使像や世界の子供写真を紹介している。
    6人の甥と姪の伯父さんでもある。

    メールアドレス: ruka_rukachas@ybb.ne.jp
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