The Bathers

    henry_scott_tuke-the_bathers.jpg

    イギリスの画家、ヘンリー・スコット・トゥケ(1858-1929)による1889年の作品「The Bathers」
    ヨークシャー地方の都市リーズにある「リーズ美術館」が所蔵しています。

    Bathersとは「泳ぐ人・水浴び(水遊び)する人」という意味。
    真夏の太陽を浴びる少年たちの健康的な姿が印象に残る作品です。

    左下にヨットの淵につかまる手が見えるので、少年たちは全部で4人でしょうか?
    このヨットが岸に停泊しているのではないとすると、ここまで操縦してきた大人がいるはずです。
    もしかしたらそれはこの絵の作者だったのかもしれませんね。

    作者のヘンリー・スコット・トゥケは1858年、イギリスのノース・ヨークシャーで生まれました。
    精神科の医師である父親のダニエルが結核を患ったため、1859年に、より暖かい気候であるコーンウォール州の町ファルマスに家族で移り住みます。

    トゥケは子供の頃から絵が上手く、4〜5歳のときに描いた絵が本に掲載されたこともあったそうです。
    そのせいか彼は一般的な職業には興味がなく、早い時期から画家になることを希望していました。

    1875年、彼はロンドンにあるスレード美術学校に入学。
    やがて奨学金を獲得してイタリアに渡った彼は、1881年から1883年にかけてフランスの歴史画家、ジャン=ポール・ローレンズ(1838-1921)とともに絵画を学びます。

    その後ロンドンへと戻り、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで作品を発表して名声を得ますが、1885年に幼い頃に家族と暮らしたファルマスの町に再び移り住みました。
    彼の主要な作品の多くはここで制作されています。

    彼は海洋画家でもあり、人間と帆船を描いた多くの絵画を残しました。
    1890年頃からはそれまで手掛けていた神話のテーマを放棄し、地元の少年たちをモデルにした自然主義的な絵を描くようになりました。
    1900年にはロイヤルアカデミーの准教授となり、1914年にはロイヤルアカデミー賞に選出されています。

    ところが1928年、彼は突然の心臓発作に見舞われ、健康悪化により翌年の3月に死亡してしまいます。
    生前の彼の意思により、彼の多額の財産は、少年の頃にモデルをしてくれた数人の男性へと相続されました。

    彼の作品の多くには日光浴をしている裸の少年たちが描かれていますが、これは彼が幼少期に過ごしたファルマスのビーチでの思い出、仲間と裸で泳いだ夏の日々の記憶が元となっているそうです。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Tuke01.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン
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    L'Amour debout

    julien_de_parme-amour_debout.jpg

    スイスの画家、ジュリアン・デ・パルマ(1736-1799)による1762年の作品「L'Amour debout」
    タイトルは「立っているアモル」というそのままの意味。

    ギリシア神話の愛の神アモルが木の枝に寄りかかって遠くを見つめています。
    矢を射る相手を選別しているのでしょうか?

    よくあるキューピッドのイメージとは違い、少年というよりは青年といった感じですね。
    パッと見、カツラをかぶったMr.ビーンに見えないこともないですが、大きな翼と健康的な容姿、成長したアモルのイメージが緻密なタッチで描かれています。

    作者のジュリアン・デ・パルマは、じつは本名や出生などが今以て完全には確認されていません。
    ジーン・アントワン・ジュリアンというもうひとつの名前を持っていたとも言われています。

    1747年、彼は12歳でフランスに渡り、画家としての活動を開始しました。
    フランスのいくつかの都市を訪れ、4年間の滞在で画家としての技術を飛躍的に高めました。
    しかし彼がその時期に描いたとされる作品は、未だどれも見つかっていないそうです。

    彼は1759年にパリで肖像画専門の画家として暮らしましたが、その後1773年までイタリアのローマに滞在します。
    ローマ滞在中は神話を主題とした作品を多く描きました。

    1773年以降は亡くなるまでパリで暮らしましたが、その生活はとても貧しいものでした。
    彼の新古典派のスタイルは独学により培われたもので、フランスでは大きな成功を収めることができなかったのです。

    ごく少数の作品しか売れなかった彼は、やがて貧困によりその命を終えました。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Julien de Parme Amour 1762 b.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン
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    God's Gift

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    ベルギーの画家、クリスチャン・ヴェルゲル(1963- )による絵画作品「God's Gift」

    制作年はわからなかったんですが、そんなに古い作品には見えませんね。
    翼の上のほうに宇宙の銀河のような、あるいは生き物の細胞のような物体があります。
    タイトルが「神様の贈り物」ですから、生命の尊厳を表している作品なのでしょう。

    モデルは作者の娘さんでしょうか?
    あまりに大きく不釣り合いな翼ですが、その澄ました表情には女神の貫禄さえ感じます。
    一見CGのようにも見える鮮やかな油彩画は、その比喩的な表現と相まって幻想的な雰囲気を醸してます。

    作者のヴェルゲルは現在ベルギーのアントワープを拠点に活動している女性アーティスト。
    12歳で美術に関心を持った彼女は、その後まっすぐにアートの道を歩み続けました。

    やがて国立美術学校に入学し、そして卒業しますが、絵で生計を立てていくには相当な苦労があったようです。
    しかし彼女は後に、この頃の苦労がより良い創作物を生み出す原動力になったのだと語っています。

    写真と見紛うほどリアルな、それでいて幻想的な雰囲気の漂う彼女の油彩画は、今も世界中の人々を魅了し続けています。


    【Christiane Vleugels】
    http://www.christianevleugels.com
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    Boys Picking Grape at Capri

    susan_watkins_boys_picking_grapes_at_capri.jpg

    アメリカの女流画家、スーザン・ワトキンス(1875-1913)による1906年の作品「Boys Picking Grape at Capri」
    バージニア州のノーフォークにあるクライスラー美術館が所蔵しています。

    タイトルは訳すと「カプリでぶどう狩りしている少年たち」となります。
    カプリとはイタリアのカプリ島のことでしょうから、そこでの光景を描いた作品だと思います。

    この子たちは収穫しているのか、それともこっそり忍び込んで盗んでいるのか?
    手前の男の子はとても眠そうですね。
    海岸で遊びまわったあとにここに立ち寄ったのかもしれません。

    作者のスーザン・ワトキンスは1875年、アメリカのカリフォルニアで生まれました。
    15歳からニューヨークの有名な美術学校「アート・スチューデンツ・リーグ」で芸術を学び、6年間の留学生活の後に父親が死去すると、彼女は母親と共にフランスのパリに移住します。

    当時のパリは前衛的な美術運動の拠点でしたが、彼女は伝統的、学術的な道を選びます。
    やがてフランスでアーティストとしての地位を確立し、パリで毎年開催されている展覧会に初めて作品を出展し、みごと受賞。

    1910年にアメリカに戻ったあとも、シカゴやワシントンD.C.の美術館で権威ある賞を受賞するなど、名実ともに才能ある画家として国際的にも高い評価を得ました。

    しかし1912年、彼女は癌によって健康を蝕まれてしまいます。
    長年連れ添った婚約者、ゴールズボロー・サーペルと結婚しますが、翌年1913年に37歳の若さで亡くなりました。

    彼女の62点にも及ぶ作品は、1946年に夫によって美術館に寄贈されました。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Susan Watkins (1875-1913), Boys picking grapes at Capri (ca. 1906).jpg
    ライセンス:パブリックドメイン
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    Dancing with Birds

    jon_boe_paulsen-dancing_with_birds.jpg

    ノルウェーの画家、ジョン・ボー・パウルセン(1958- )による絵画作品「Dancing with Birds」
    「ボー」のスペルはBøeで、øはデンマーク語、ノルウェー語、フェロー語で使用されるラテン文字です。

    「鳥たちと踊る」というタイトルのとおり、裸の少年が鳥と戯れています。
    しかしよく見ると、手前の鳥たちの体が透けています。

    つまりこれは実際の光景ではなく、この少年(あるいは作者)の心の情景なのかもしれません。
    だから裸なのでしょう。

    作者のジョン・ボー・パウルセンはノルウェーのビジュアル・アーティスト。
    イメージを比喩的に表現した緻密な人物画が特徴です。

    1958年にオスロで生まれた彼は1979年にアメリカのボストンに留学し、その後1984年までノルウェーの州立美術アカデミーで学びました。

    彼はノルウェー以外にもアメリカ、イギリス、フランス等の60以上の展覧会に参加しており、特に1983年のパリでの展覧会「Salon d'automne」と、2009年のニューヨークでの「ニュー・モーション・フォー・ザ・フィギュア展」はとりわけ重要なものとなりました。

    1990年にノルウェーの映画賞「アマンダ賞」にもノミネートされ、その後1997年までノルウェー最大のコンテンポラリー・アートの展覧会「Høstutstillingen」に数回参加。
    1996年にはオスロ国際劇場にて絵画コレクション「Et Dukkehjem」(人形の家)を発表しています。

    彼の作品はまるで映画フィルムのひとコマのように、動的な一瞬を切り抜いたかのような作風が特徴です。
    それは見る者の想像力と感受性を刺激し、推理小説のように思考を巡らせて秘められた意図を探る、という面白さを与えてくれています。


    【Jon Bøe Paulsen - Maleri - Litografi - Portrett】
    http://www.jonboepaulsen.no
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    Erwachen der Seele

    karl_mader-erwachen_der_seele.jpg

    オーストリアの画家、カール・マダー(1884-1952)による1935年の作品「Erwachen der Seele」

    海岸で片足を立てて腰掛けているひとりの少女。
    海は穏やかな水平線、かたわらにはタンポポの綿毛。
    斜め上を見上げて物思いにふけているのか、それとも誰かを見つめているのか。

    タイトルは「魂の目覚め」という意味ですが、この絵からはちょっとイメージが湧きませんね。
    この絵に関してもう少し情報が欲しいところです。


    作者のカール・マダーは1884年生まれのオーストリアの画家であり、美術教師でもあった人物。
    小規模な農家の家に生まれた彼は、若い頃ウィーン応用芸術学校で絵画を学び、その後グラーツ大学の応用芸術学部で彫刻と絵画を学びました。

    1909年から1920年までフュルステンフェルトにて絵画講師を務め、その後1924年までグラーツ応用芸術学院の教授を務めたカール・マダー。
    1922年にはグラーツ市より金と銀のメダルを授与され、1921年と1932年の二度、名誉ある国家賞を受賞しています。

    現在もオーストリアのグラーツ美術館、ニューヨークのノイエ・ギャラリーをはじめ、いくつかの美術館で展覧会が開かれています。
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    コーネリア・パツカ・ワグナーのデッサン画

    cornelia_paczka_wagner.jpg

    ドイツの画家、コーネリア・パツカ・ワグナー(1864-1930)による1897年の作品。
    単色のデッサン画で、タイトルはとくに付けられてはいないようです。

    モデルの少女は12歳くらいでしょうか。
    大人の体形に変化しつつもまだ華奢(きゃしゃ)である、思春期の少女の特徴がよく表れていますね。
    長時間続けるには大変そうなポーズですが、心の内を表現しているような作品に仕上がっています。

    作者のコーネリア・パツカ・ワグナーはドイツの都市ゲッティンゲン生まれの女性。
    ミュンヘンのロイヤルアカデミーとパリの私立アカデミーで美術を学び、プロの画家となりました。

    彼女は1888年から1894年までイタリアのローマに住み、その間1890年にハンガリーの画家、フランツ・パツカ(1856-1925)と結婚しています。
    1894年に夫とともにスペインのマドリードに住み、翌年からはドイツのベルリンを拠点として活動しました。

    彼女の作品には女性の肖像画が多いのですが、そのどれもが独自の雰囲気を醸しています。
    それは格調の高さであるような、意志の強さであるような、あるいは何かを訴えかけているような重々しさ。
    笑顔の少ない、悪く言えば不満そうな表情をした肖像画の数々に、彼女のアートの本質があるような気がします。

    彼女の作品はベルリン、ハノーバー、フランクフルト、ミュンヘン、ドレスデン等のドイツ国内の展覧会に加え、フランスやイタリアの美術展にも出展されました。
    そして1900年にはパリで銅メダル、1914年にはドイツのライプツィヒにて名誉賞を受賞するなど、いくつかの賞を獲得しています。

    現在彼女の作品は、ドレスデンやベルリンの美術館、ハンガリー国立美術館、ブダペスト美術館等で見ることができます。

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    Rückenakt eines Knaben auf roter Matratze

    richard_muller-ruckenakt_eines_knaben.jpg

    ドイツの画家、リチャード・ミュラー(1874-1954)による1933年の作品「Rückenakt eines Knaben auf roter Matratze」
    タイトルは「赤いマットレスの男の子の背中」という意味。

    最初は少女かと思いましたが、少年だったんですね。
    作者の息子さんでしょうか?
    右上に扇風機のようなものが見えるので、暑い日に部屋でゴロ寝しているところかもしれません。

    絵柄はシンプルながらも緻密に正確に描写しており、とくに背中から腰にかけての柔らかな質感は見事ですね。
    息子がモデルであるならば、じつに良いシチュエーションに出会ったものだと思います。

    作者のリチャード・ミュラーは1874年、チェコ共和国のボヘミアで織物職人の息子として生まれました。
    14歳のときにドイツのマイセン地方の美術学校に入学すると、彼はメキメキと頭角を現します。
    1890年には、まだ16歳であるにも関わらず、これまでで最も若い学生として美術アカデミーへの入学が認められました。

    彼は1895年にグラフィック・アーティストであり彫刻家でもあるマックス・クリンガー(1857-1920)と出会い、エッチングの技術を習得します。
    エッチングとは様々な分野で応用される技法ですが、美術用語としては銅板などの金属表面を酸で腐食させて凹版を作る技法、およびこれを利用して刷った版画を指します。

    彼の作品を見てみますと、通常の油彩だけでなく図鑑の挿絵のような緻密なドローイングが多数見受けられますが、エッチングの技術がこれらの作品作りにも役立ったということでしょう。
    彼は1896年、プロイセン芸術アカデミーの展覧会にて見事グランプリを獲得しています。

    1900年からはアカデミーの教授を務め、1933年には会長に就任した彼でしたが、2年後の1935年、当時の教育大臣であるヴィルヘルム・ハートナック大臣から、作品の思想が破壊的な傾向にあるとして退任させられてしまいます。

    たしかに彼のドローイング作品はどことなく退廃的で深く考えさせられるものが多いのですが、教育者としては不適切と判断されてしまったのでしょうか?
    単に大臣の好みの問題だったのかもしれませんが。

    しかし彼の作品は世間からは高い評価を得ており、1939年にはミュンヘン市の美術館、ハウス・デア・クンストにて数々の展覧会をおこなっています。

    第二次世界大戦当時のドイツで最も重要なアーティスト、と言わしめるまでになったリチャード・ミュラー。
    1954年にドイツ東部の都市ドレスデンにて、その80年の生涯を終えました。
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    タグ: Europa  少年  絵画  眠り 

    Strömkarlen

    ernst_josephson-stromkarlen.jpg

    スウェーデンの画家、エルンスト・ジョセフソン(1851-1906)による1884年の作品「Strömkarlen」

    水の流れる岩場で少年がバイオリンを弾いています。
    この少年はノッケンまたはネックという名で呼ばれる、ゲルマン神話・民話に登場する水の精霊です。
    主な物語は、バイオリンの音色で女性と子供を引き寄せて川や池で溺れさせようとする、というものですが、演奏を聴かせるだけで危害を加えないという話も残っているそうです。

    清流の音とバイオリンの二重奏とはたしかに優美。
    しかしこれがもし現代社会での出来事なら、女性と子供どころか、おまわりさんを引き寄せてしまうでしょう。
    そもそもバイオリンは水のかかる場所で使っても良いものなんでしょうか?

    とは言えこの作品は見事。
    水しぶきといい精霊のポーズといい、実際に音が聞こえてきそうなほどの臨場感。
    足下のハスの花も良いアクセントとなっています。

    作者のエルンスト・ジョセフソンはスウェーデンの画家。
    16歳のときに首都ストックホルムの国立美術学校、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツに入学しました。
    その後イタリア、フランス、オランダなどで本格的に美術を学んだ彼は「私はスウェーデンのレンブラントになるか、死ぬかのいずれかだ」とまで語っていたそうです。

    その言葉どおり、彼はその後大きな成功を収めました。
    1876年には国から王冠を授与され、1879年にもフランスのパリでその功績が認められています。

    彼の主な仕事は肖像画や民族絵画の制作でしたが、1884年のこの作品「Strömkarlen」は彼の名を一躍有名にしました。
    ところがこの絵はストックホルムの王立博物館から展示を拒絶されてしまいます。
    スウェーデン国王オスカー2世の孫であるエウシェン王子は、この博物館の決定に怒り、自らこの絵を買い取ったそうです。

    王子からも有望視された彼でしたが、37歳のときに精神分裂病を患い、ウプサラの病院に入院します。
    それからは幻覚や過食症、宗教的妄想に悩まされる日々を送り、絵のスタイルにも変化が現れました。
    発症後の彼の絵には、細かなパターンとドットを繰り返し使用する絵と、大胆で自信に満ちた描写の絵の2種類が見受けられるそうです。

    しかし彼の作品はパブロ・ピカソとアンリ・マティスにも影響を与えたと言われており、1896年にはベルリン国際美術展にて金メダルを獲得しています。
    その後はストックホルムに移りますが、1906年に妻と娘に看取られながら55歳の若さで亡くなりました。


    画像出典:ウィキメディア・コモンズ
    File:Stromkarlen 1884.jpg
    ライセンス:パブリックドメイン
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    Badende gutter. Sommerdag

    hans_heyerdahl-badende_gutter_sommerdag.jpg

    ノルウェーの画家、ハンス・ヘイエルダール(1857-1913)による1886年の作品「Badende gutter. Sommerdag」

    海岸の岩場で水に飛び込んで遊ぶ子供たち。
    手前の子はちょっと恥ずかしそうな仕草ですが、そこは無邪気な天使たち、すぐに翼を広げてはしゃぎ出すでしょう。

    タイトルは日本語に訳すと「入浴する少年たち・夏の日」となります。
    なかなか風情のあるタイトルですね。
    たしかに岩場に腰掛けてこんな情景を一日中眺めていられたら、日々のストレスも解消できるはず。

    現代は子供に対してイライラしたりムラムラしたり、いずれにしても感情を高ぶらせる人が多くなりました。
    つまり子供のいる光景に落ち着いた風情を感じる人が少なくなったように思います。
    これも日常から天使の姿が遠ざかってしまったひとつの弊害と言えるかもしれません。


    作者のハンス・ヘイエルダールはスウェーデン生まれのノルウェーの画家。
    1857年にスウェーデンのダーラナ県で生まれ、2歳の時に家族とノルウェーのドラメンに移り住みました。

    1873年にクリスチャニア(現在のオスロ)の美術工芸学校に入学し、画家のペダー・カペレン・サーマン(1839-1919)のもとで美術を学びました。
    その後は1877年までドイツの「ミュンヘン美術院」で学び、1878年から1882年まではフランスのパリに在住。
    パリのサロンで3位のメダルを獲得した彼はその後も精力的に制作を続け、1881年の作品ではグランプリを獲得しています。

    その後ノルウェーに戻ってクリスチャニアに定住した彼は、仲間とともに私立の絵画学校を設立しました。
    彼の描いた肖像画や風景画、北欧の歴史をモチーフとした作品は高い評価を得て、彼はノルウェーにおける写実主義画家の第一人者となりました。


    写実主義とは、現実主義とも言いますが、現実の光景を客観的にありのままに捉えようとする主義のこと。
    つまり写真で言えば、演出やエフェクトを施さない記録写真のようなものです。
    この少年たちの絵も、その時たしかにそこには海があり、船が浮かび、裸の少年たちがいて、そしてそれを見つめるひとりの画家がいたわけです。

    裸の子供が遊んでいる、その光景に風情があるのではなく、それが当たり前の環境があってこその風情。
    人々が忘れてしまったかつての情緒を、古い絵画はそれとなく教えてくれています。
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    RUKA

    Author:RUKA


    当ブログは子供を表現した世界の絵画、彫像、写真作品をご紹介しています。
    天使に見立てているので必然的に裸の作品が多くなりますが、すべてアートまたは家庭的な生活記録に限定しています。

    子供は本来この世界における夢であり希望であり、その姿は大人にとってノスタルジーや心の潤い、癒しの対象でもあります。

    古くから子供の姿は愛すべきものとして認識され、絵画や彫像、写真等で様々に表現されてきました。天使のイメージもそのひとつです。
    そして各家庭でも、我が子への愛情ある記録(写真撮影)が数多くなされています。

    当ブログではそれら子供や天使をテーマにしたアート作品と、写真共有サイトFlickrで一般公開されている子供写真をご紹介しています。(できるだけ天使の姿に近いものを選んでいます)

    ふと訪れては日々の疲れを癒す天使の園・・・そんな憩いの場としてお使いいただければ幸いです。

    画像の著作者は私を含め様々ですが、著作権的に問題のない方法で掲載しています。
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    著者について...
    名前:RUKA (Rukachas)
    国籍:日本
    出身:埼玉(生まれは宮城)
    性別:男性
    年齢:あっという間の半世紀
    インターネット歴:21年

    20代の頃に仕事で幼稚園に出向いたのを機に子供の笑顔写真を撮り始める。
    1999年に「The Light of Smile 笑顔の灯り」という子供の笑顔をテーマにしたサイトを開設。
    サイト終了後はこのブログで世界の天使像や世界の子供写真を紹介している。
    6人の甥と姪の伯父さんでもある。

    メールアドレス: ruka_rukachas@ybb.ne.jp
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